ASIMOから多指ハンドへ。ホンダの武田政宣さんが、子どもたちに「いいものをつくるなら本気でぶつかれ」と言いたい理由|こども教育総合研究所
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100mを8秒台で走ったり、バク転を繰り返したりする二足歩行ロボット。世界で隆盛を誇る中国製のロボットをテレビで見て、その動きに驚いた方も多いのではないでしょうか。ただ、中には納得いかない思いを抱く人もいるはず。「いやいや、二足歩行ロボットは、日本のホンダが世界に先んじて取り組んでいたのに…」と。

そう、2000年代にテレビCMに登場し、階段を昇り降りしたり、子どもと走り回ったりする二足歩行ロボット「ASIMO(アシモ)」に、衝撃を受けた保護者の方は多いのでは。ASIMOは惜しまれながら2022年に表舞台から姿を消しましたが、その後継機の話は聞こえてきません。ホンダのロボット研究・開発はどうなってしまったのか――。

というわけで、伺ってきました。
ホンダがつくるロボットの現在地を、そしてそこに息づく人の思いを確かめに。


株式会社本田技術研究所
統合研究センターフロンティアロボティクス研究ドメイン チーフエンジニア

武田政宣(たけだ・まさのり)氏

1975年生まれ。2001年に入社後、ロボット領域において二足歩行ロボット運動制御の基礎研究プロジェクトを進め、08年からLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー)を務める。13年からは、自動運転技術研究プロジェクトにおける制御系ソフトウェア領域のPLを担い、自動運転の製品化に向けたプロジェクトのLPL代行を務めた。2021年より現職。


最初の仕事はASIMOで演し物!?

「ホンダに入って初の仕事は『ASIMOで技術発表を来年やるから、そのときのネタを仕込め』というものでした」

そう言って笑うのは、武田政宣さん。ASIMOが発表された翌年の2001年、本田技術研究所(以下、ホンダ)へ入社しました。大学時代には機械学習を学んでいたとはいえ、新卒入社の社員に自社の最先端技術の結晶をいきなり任せるって、そんな無茶振りあります…?

「弊社は若手に、そういうことをどんどんやらせるんですよ(笑)。でも本当に手探りなので、まずはロボットの動かし方を教えてもらうところから。プログラミングなどを少しずつ覚えていって、自分でいろいろと変更できるようになってきた。で、さてASIMOに何をやらせようかと。『今、世の中にないものって何だろう?』といろいろ考えました」

結果として武田さんが加えたのが、人が指さした場所に向かって、ASIMOが自分で歩いていくというポスチャ・ジェスチャ認識機能。

                     写真提供:本田技研工業

「ロボット自体は人間のカタチをしたインターフェースなので、人のジェスチャーなどを使えば、人と同じようにコミュニケーションできるんじゃないか。そんな考えからポスチャ・ジェスチャ機能を作りました」

そんな武田さん、「母親に聞いたら、子どもの頃はロボットの絵ばかり描いていたそうです」というものの、決してロボット一辺倒…というわけではなかったようです。
原体験としてあるのは、壊れた時計を「自由に分解してもいいよ」と渡されたこと。いざ分解し、仕組みを理解したうえで元に戻してみたら、その壊れた時計が動き出したんだそう!

「その機会が自分にとっては、自信につながったんじゃないかなと思います。『なんか僕、機械いじりできるのかも』みたいな勘違いです」と当時を思い返す武田さん。
また、小学生の頃は手品に夢中になり、見るのはもちろん、やるのも好き。学校でお披露目イベント的な機会を設けたこともあるんだとか。

「手品は何より、タネ明かしが大好きでした。『自分はこんな簡単な仕組みにダマされていたんだ!』っていうね」と語る武田さんは、ホンダに入ってから、ASIMOという“手品”にのめり込んでいきました。

「その後はASIMOの歩行技術をもっと突き詰めたいと思って、走ったり、ケンケンで片足ジャンプしたり。複雑な段差があっても、好きなように歩けるようにしようと」

                     写真提供:本田技研工業

ところが、ここで壁にぶち当たります。ロボットがリアルタイムで柔軟に動くためには、当時のコンピューターの計算能力では演算が間に合わなくなったのです。人があらかじめ仕込むプログラミングの限界を感じた武田さんは、学生時代に取り組んでいた機械学習に舵を切りました。これ、「ディープラーニング(深層学習)」という言葉が流行する前の話です。

「本当は入社したときに『機械学習をやりたいです』と言ったんですが『お前は手法論を語るのか?手法ではなく、ロボットで何をやらせたいかを考えるべきなんじゃないか』と先輩に言われまして。確かにそうだな…と思いました。技術の話だけではなく、ロボットをどうしたいのか?ということについては、先輩と夜な夜なしょっちゅう議論させてもらいましたね」

かくして、ずっとやりたかったASIMOにおける機械学習のチャンスを掴んだ武田さん。「歩いているときに横から肩を押されても、みずからバランスを取り、倒れることなく歩いていける自律機能を搭載したASIMO」を実現させました。

                     写真提供:本田技研工業

「おそらく世界初だったのではないかと思いますが『これ、すげぇじゃん!』と。自分の中でもかなりの成功体験でしたね」(武田さん談)。その技術が完成したタイミングで、彼に異動の内示が。なんと行き先は、自動運転技術の研究・開発――。

「ちょうどGoogleが、自動運転に取り組み始めたという報道があったんですよね。それで弊社の役員が『ロボット屋が作る車を見てみたい。お前はロボット動かせるだろう。だから車も、自動で動かせるはず』って。せっかくここまでロボットをやってきたのに…なぜ自分なんだと、そのときは会社が嫌いになりました。もう、大失恋した気分(苦笑)」

「餅は餅屋」なのにもったいない、と思うかもしれません。でも、それがホンダらしさであり、ホンダのすごさ――でなければ、まだ車を販売しはじめたばかりの小さな会社だった頃に、いきなり世界最高峰のF1グランプリに参戦しないでしょうし、世界的な自動車メーカーになったのに、畑違いのロボットやホンダジェット(飛行機)をつくったりしません。いきなり専門外の突拍子もないことに取り組んで、世の中をアッと驚かす結果を出す。それが、ホンダです。


ロボット研究・開発から泣く泣く離れることになった武田さん。しかし、その人選は決して見当外れなものではなかったようで…。

「これまで研究してきたことが、そのまま使えるんじゃないか…?と。基本的に自動で動くものは、センサーから情報を取得して状況を理解し、行動を計画し、その計画通りに実行します。その一連の制御の流れは、ロボットも自動運転もまったく同じだったんです。ロボットが押されながら臨機応変に対応することも、車が目前に急に飛び出してきたものを回避することも」

                     写真提供:本田技研工業

腹落ちした武田さんは、自動運転技術の研究・開発に没頭。その実用化に貢献しました(ホンダは2021年に世界初の自動運転レベル3システム搭載車を発売)。

                     写真提供:本田技研工業

同時に武田さんは、ロボット研究・開発だけでは得られなかった、ものづくりの本質を学びます。それが「みんなで力を合わせること」。

「車はASIMOと違って大量生産しなければならないし、絶対に安全でなければならない。そのために非常に多くの人が携わり、すごく苦労していることを肌で感じました。車の中には一つひとつ、知恵が詰まった機械が入っていて、それぞれの専門家たちが集まって力を合わせると、すごいものができるんだなと感動しましたね。それは、一人では絶対にできないこと」

実はそれまで、プログラミングしたり、テストしたりを自分一人でもやってきた武田さん。1機しかない試作型ロボットの研究・開発ではそれでよかったのですが、車の自動運転は勝手が違います。当初自力で取り組んで苦労していた彼に、当時の上司はこう声をかけました。

「プログラミングしたい気持ちはわかるけれど、もうお前は自力でやろうとするのをあきらめろ。お前がやるべき仕事は、人を動かす仕事だ」

そこで認識を改めた武田さんは、若いメンバーのリーダー的ポジションとして、力を合わせて成し遂げることにしたのです。

「GoogleやOpenAIのような海外の会社は、多額の資金を投じて優秀な人材を大規模に集めていくのが主流。でも、ホンダのようにいわゆる大企業ではあるんですけれどすごく変わっている会社で、自由にいろいろなチャレンジをしたり、目の付けどころを変えて工夫したりして、実現できることもあるんじゃないかなと」

「ロボットを動かせるなら、車も自動で動かせるだろう」

自動運転技術の研究・開発に一定の目処がついたら、その仕事のスタイルでもって、またロボットに携わりたい――。その願いは叶い、武田さんはロボティクス部門に戻ります。それはもう、さぞ嬉しかったことでしょう。

「そうですね、はい。最初、もうこの敷地(埼玉県和光市のビル)に入っただけで、もうなんか嬉しくて『何にも変わってないな』と一人でニヤニヤしちゃって」


武田さんとロボットとの物語の第二章は、こうして続いていく――。

「人を驚かす」ではなく「人の役に立つ」へ

さて、生成AIの普及が進み、アメリカや中国のロボットがぬるぬると動くようになった昨今。今、二足歩行ロボットのパイオニアであるASIMOの研究開発を継続していたら…と思うことはないのでしょうか。

「歯がゆい思いは、もちろんあります。そもそもで言うと、僕自身は学生時代に機械学習に取り組んでいて、将来はそれを自分でやりたいと思っていたので…。僕がずっと機械学習をやっていたら、あの最先端に行けていたかもしれない」

一瞬、真顔になって答えた武田さん。ただ、ASIMOに携わっていた頃から時代が変わるとともに、ロボットに対する彼自身の考え方にも変化が生じているようで…。

「『ロボットがこんなことができるんだ、すごいだろ』と技術を見せびらかすようなことは、個人的にはあまり意味がないかなと思うんです。もちろん、投資を得るためにそういった技術をデモンストレーションするのは手段として理解はできます。でも、ホンダにある『技術は人のために』という言葉のとおりで、やはりせっかくの技術なので、世の中の人の幸せのために使うべきかなと思っていて」


人の役に立つことができるロボットか――。その観点でASIMOについて議論したとき、残念ながら、そのまま単体で販売するという結論には至らなかったそう。長くASIMOを研究・開発してきた立場の武田さんとしても、それは苦渋の決断だったでしょう。しかし、ASIMOで培ってきた技術はまだまだ活かせるはず…そうしてたどり着いた結果が、「アバターロボットの遠隔操縦」です。

                     写真提供:本田技研工業

「今、もし何らかの難しい作業をしようと思ったら、その分野の専門家にその場に来てもらう必要がある。そのようなときに、アバターロボットを使えば、現地のロボットを遠隔操縦して専門家が直接作業することができる。アバターロボットが世の中に普通に使われるようになれば、地域差などによるさまざまな制約から解放される人が増え、“あきらめていたこと”ができるようになる。将来的には、そんな自由な社会を実現したいと思っています」

例えば、この“多指ハンド”と呼ばれるロボットハンド。ASIMOで研究していた2足で歩くときのバランスの取り方は、手で物をつかむときの繊細なバランスの取り方と、基本的な考え方は同じだというのです。

「ASIMOは自律機能があり、自分で考えて動くことはできるものの、臨機応変さが必要な状況ではどうしても対応できなくなる課題があった。そこに遠隔操縦の機能を入れれば、人がどういう風に今振る舞うべきかという指示を出すことができます。
一方で、多指ハンドが何かを掴むときに、指の細かい動きまで人が細かく操縦したり指示したりするのは非常に難しい。その点に関しては、ASIMOの自律機能を使うことができる。人の得意な部分とロボットの得意な部分をうまく融合させて、臨機応変に対応する。そういったロボットにしていきたい」

ASIMOのDNAはまだ活きていた…! そして、「自分が手品のようにすごいものを見せて、人を驚かせたい」と若かりし頃は思っていた武田さんは、ASIMOの魂とともに「若い人の力をたばねて、本質的に人の役に立つ方向に導きたい」という次のステージに達していたのでした。

だからか、中国製のロボットが100mを高速で走ろうとバク転を決めようと、武田さんにはそのようなロボットにあまり魅力を感じないそう。それは「もう、すでにあるものだから」。

「それらのロボットに対して、ちょっとした改良で差を付けても、そもそもあまり競争力はないですよね。ホンダでよく言われる言葉に『差だけではなく、違いを生み出せ』というのがあるんです。同じライン上で比べて、ちょっといいです…というものじゃなくて、今までにないジャンルを作り上げるような、そういったものを生み出したいですね」

ロボット研究・開発の目的は変われども、改良や改善では満足せず、発明を――。武田さんのまなざしの奥には、ホンダのDNAがしっかりと息づいているようです。

感動せよ、そして本気で議論しよう

ところで武田さんは、最先端のロボット研究・開発を牽引するかたわら、ボランティアで子ども向けにロボコンのコーチをしているとか。彼が子どもたちに大事にしてほしいことは「感動」だと言い切ります。

「嬉しかったり、悔しかったり、腹が立ったり…感動と言っても、何でもいいんです。とにかくその心が動くときは、その人固有の感覚が働いているときでもある。それらの感情を総合していくと、その人が本当に好きなものや興味があること、不安なことがわかってくるんじゃないかなと。知識として学ぶということではなくて、体験したときの自分の気持ちを、ぜひ大事にしてほしい」と武田さん。

ロボットづくりにはたくさんの要素が詰まっていて、それをすべて経験できるメリットがある――彼はそう話します。数学や物理のような理系のお勉強成分だけでなく、コミュニケーション力やロボコン大会に出るための段取り・調整、さらには優先順位付け――そして「こんなロボットをつくりたい」という思いを伝えるためのプレゼン力まで。

だからといって、すべて完璧にできるようになる必要はありません。そのような体験の中で、自分が得意なことや興味があることが見つけられればいい。ロボットづくりはそれが見つけられる手段のひとつ。「やりたいことがひとつでも見つかれば、教育としてはもう十分成功なんじゃないかな」と微笑む武田さんは、こうも続けました。

「私もわざと、大人に説明するのと同じように子どもたちに説明しているんです。サインやコサインとか微分・積分の数式を書き『高校生になれば習うからね』と見せながら。すると中には、興味を持って『これって何で、こうなるんですか?』と質問に来る子がいる。小学生で興味を持って学ぼうとする対象が見つかることは、その子にとってすごくラッキーな機会だと思います。実際にそれで勉強を進めていく子もいますし、海外のロボコン大会でコミュニケーションを取りたくて、留学して英語を学んで、結果としてペラペラ話せるようになった子もいます」


そして、武田さんがロボットづくりに勤しむ子どもに、大事にしてほしいことがもうひとつ。それはなんと「仲間とケンカしろ」!

「『ぼくは、こうしたいんだ!』とチームメンバーに感情を出せよ、といつも言っているんです。『おれはこんなに頑張っているのに、何でお前はそんなに遊んでいるんだ』と怒るぐらいになれ、とも伝えています」

こんなに温厚そうな武田さんがケンカしろ、だなんて…その真意は?

「“心理的安全性”って、よくいいますよね。でも仲良しそうな人たちが『そうだね、そうだね』って言い合うだけなら、それは本当の心理的安全性がある場所じゃないと思う。本当の心理的安全性がある場所は、あいつならキツいことを言っても、きっと自分の思いを理解してくれるはずと信じて、言いたいことが言える場所じゃないかと。
だから『ロボコンで世界1位になりたい』というんだったら、本気で言いたいことを言い合うぐらい、本気でやろうよって」

感動にしてもケンカにしても、武田さんが総じて言いたいのは、体験の機会は何物にも代えがたいということ。

「お子さんがもし何かやりたいと言っても、それを止めないであげてほしいですね。大人は『いやいや、こうなるに決まっているじゃん』とか『それやると危ないから、ムダだからもうやめときなさい』と言って止めがちですけれど、でも子どもにとっては、それが先の予測できない世界にチャレンジしようとしている瞬間なんです。もちろん、実際に試しても、大人にしたら思ったとおりの結果になるかもしれない。けれど、それには付き合ってあげてほしい」

「教わった知識をそのまま使うだけでなく、みずから試行錯誤を実体験し、別の場面でも応用できる力を身につける。このような学びのプロセスが、今、最も必要だと考えています。ロボットを仲間と一緒につくり、力を合わせて正解のない問題を解決した成功体験は、変化が激しく予測が難しいこれからの時代にも、臨機応変に対応できるようになるはず」

ロボットだけでなく自動運転技術の研究・開発の場も経験し、人としても大きく成長した“ASIMOの伴走パートナー”は、にこやかな笑顔で、そう語ってくれました。


「ギュられる」という言葉をご存知でしょうか。シンギュラリティ(技術的特異点)を迎えたAIに人が仕事を代替されることを指すスラングです。AIロボットが機械学習によって、急速に発達しつづける昨今。それに対して人は、ロボットに“ギュられない力”をいよいよ身に付けなければならなくなっています。
そんな時代に子どもの成長において最も必要なのは、さまざまな体験をする場――。そう、武田さんが述べる機械学習…ならぬ“学習機会”なのかもしれません。

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