メカニックデザイナー・宮武 一貴さんが振り返る「子どもの好奇心と可能性」の育て方
2024/11/25
『超時空要塞マクロス』『聖戦士ダンバイン』といった1980年代のテレビシリーズから、2024年に公開され大ヒットした映画『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』まで、さまざまなロボットアニメ作品に携わりつづけてきた宮武一貴さん。日本のメカニックデザインにおける先駆者といえる存在です。
御年75歳の宮武さんは、なぜ長きにわたって“未来のロボット”を描いていられるのか。
そのような唯一無二の存在になったのは、どんな子ども時代を送ってきたからなのか。
メカニックデザイナーの仕事論と人生論を伺いました。
宮武一貴(みやたけ・かづたか)さん
メカニックデザイナー・イラストレーター・コンセプトデザイナー
1949年生まれ、神奈川県横須賀市出身、在住。本名は渡邊一貴。
東京農工大学大学院在学中にデザイン会社を設立(のちに「スタジオぬえ」へ移行)。
創設メンバーのひとりとして活動し、『超時空要塞マクロス』シリーズをはじめ、『聖戦士ダンバイン』『超時空世紀オーガス』、実写映画『さよならジュピター』などを手掛ける。2024年劇場公開の『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』のメカニックデザインにも携わった
ロボットの内部構造は植物由来?
宮武さんがこの世界に入ったのは、ひょんなことがきっかけでした。「『マジンガーZ』というロボットアニメ・漫画作品を作るので、ロボットの内部構造を描いてほしい」と原作者の永井豪さんに頼まれたのです。宮武さんが大学生の頃の話です。
「その絵がマジンガーZのアニメのエンディングで使われて…それが今日まで50年続く会社(スタジオぬえ)になったわけですが(笑)」
ちなみに、永井豪さんは「マジンガーZ」の原作者であるにもかかわらず、このロボット内部のメカニズムを当時何の実績もない宮武さんに「想像して描いてくれ」と委ねたのです。なんという大胆な依頼。
そして、それに応えられる宮武さんもタダモノではないことがおわかりでしょう。そのスキルはどのようにして培ったのでしょうか。
「僕は、高校まで生物部だったんです。大学は植物学専攻に進みました。そのまま林業分野――林野庁あたりに入っている予定でしたね。でもあるときに『2001年宇宙の旅』というSF映画を観た。それで完全に人生が変わってしまって、生まれて初めてペンを手にしてルーズリーフに描いた絵が、こちらです」
火事で焼けてしまった家から奇跡的に発見されたという、精密な宇宙船のイラスト。これを見た永井豪さんが「書けるだろう」というのもうなずけます。
「そうそう、大学1年生の最初の講義で、受講した学生に玉ねぎのプレパラートを作らせて、玉ねぎの表皮組織構造を顕微鏡図として描かせた教授が『きみ、ちょっと残って。…うちの研究室に入らない?』と言うんです。なぜかと聞いたら、『きみだけが、細胞間隙を書いていたんだよ』と。知識として細胞間隙があるのは知っていましたが、顕微鏡で見たのはそのときが初めてだったんですけれどね。おかげで、研究室で4年間、顕微鏡図ばかり描いていました」
それまでデッサンの心得もなかった宮武さんですが、才能の片鱗をうかがわせるエピソードを教えてもらいました。
小学校入学前の春、教育者だった祖母に連れられ、横須賀の山や港にスケッチに出かけました。祖母とふたりで漁船を描いていたとき、通りがかった漁師の老人がこう言ったのです。
「ぼうやの船は見たことない格好しているけれど、よく走るよ。ばあさんの船はきれいだけれど、沈むね」
一見きれいで上手でも、平面的だった祖母の絵に比べ、好き勝手に描いていたという宮武少年の絵には、本質的な躍動感が備わっていたのかもしれません。「祖母はすごく喜んだと同時に悔しがって、もう二度と絵を教えようとはしませんでしたね」と宮武さんは微笑みながら振り返りました。
そもそも、宮武さんは子どもの頃から動物や植物に対する強い好奇心がありました。生まれ育った横須賀には豊かな自然があり、よく野山を駆け回ったそう。また、横須賀は軍港の街です。祖父の代から海上自衛隊の納入業者だった関係で、幼い頃から軍艦を間近に感じていました。
「横須賀港は海上自衛隊の母港であるとともに、アメリカ軍第7艦隊の基地でもあります。子どもの頃は記念艦 三笠の艦上で遊んでいました。だから、軍艦の巨大さ、軍艦の鉄の厚さというのは身体で覚えていました」
このような豊かな自然と巨大な機械が隣にある環境が好奇心を育み、不出世のメカニックデザイナーを生み出したのかもしれません。
「好奇心の土台となるものが、確かにこの街にはありますね。好奇心は焼き付けられたあとで育つもので、とどまっていくものじゃない。そして僕は、とめどもない好奇心の持ち主だったというのは間違いないと思います」と話す宮武さん。
宮武さんは今も庭に温室を構え、観葉植物を愛でています。まるで、少年のようなまなざしで。
「ガンダムSEED」のあのデザインを生んだ富士の稜線
宮武さんが住む海沿いの街である横須賀は、起伏に富んだ地形でもあります。このような地形は、彼の現在までの創作活動にも、影響を与えてきたのでしょうか。
そう問いかけると、宮武さんはある作品のデザインを挙げました。
「三浦市から相模湾沿いに横須賀市まで戻ってくる道では、富士山がバーン! とよく見えるコーナーで、垂れ下がった電線の曲線と、富士山の稜線とが完全に一致する瞬間がいくつも見られます。この自然の重力によって山の斜面が成り立つ角度を“安息角”というのですが、『機動戦士ガンダムSEED』のテレビシリーズにおいて、安息角をデザインに取り入れました。
富野(由悠季)さんが監督した『機動戦士ガンダム』では、スペースコロニーはシリンダー型でした。『SEED』監督の福田己津央さんはガンダムを引き継ぐにあたって、スペースコロニーの形から変えたい――と希望したのです。
午前1時半ぐらいに、スタジオへ相談の電話があったかな。それで僕が『できるよ、5分待ってくれ』と伝え、デザインしてFAXで送ったのが、天秤型のコロニー…俗にいう“プラント”。鼓状のコロニーの張力の交点は完全な曲面でなくてはならない。そのコロニーの真ん中に入るエレベーターを山のような存在で包む…それでこのデザインにしました。それで、この重力構造が成立しているのが見たかったら、横須賀にあるからね! と伝えました」
従来のデザインと同じ機能を持ちつつ差別化し、なおかつ宇宙に漂う構造物としてちゃんと成立するということを、子どもにも伝えられるようにデザインできるか――そんな要求にたった5分で応えてしまう、これが宮武さんのすごさ。
横須賀をベースとし、なおかつさまざまな学問に精通する宮武さんにしかできないことかもしれません。
宮武さんのロボットデザインに関するお話は、まったく尽きることがありません。そのすべてを紹介することはできませんが、彼の仕事の一端は、現在、全国で巡回中の展覧会「日本の巨大ロボット群像」で目の当たりにすることができます。
メカニックデザイナーが考えるロボット
宮武さんは、これまでさまざまなロボットを描いてきました。仕事場では過去デザインしたロボットが、彼の手書きによる仕事ぶりを見守っています。さて、宮武さんはロボットというものをどう捉え、どのようにデザインしているのでしょうか。
「ロボットは、人の能力を延長するものだと思っています。『マジンガーZ』のとき、永井豪さんはこのロボットを車と同じ“乗りもの”であってほしいと言いました。そのマジンガーZにおいて、科学者の兜 十蔵は、死の直前に孫である主人公の兜 甲児にマジンガーZを与え『お前は神にも悪魔にもなれる、マジンガーZをどう使おうがお前の自由だ』と言い残した。
『神にも悪魔にもなれる』という十蔵おじいちゃんの思いや、アメリカ海軍第7艦隊に匹敵するというマジンガーZの戦闘力が持つ恐ろしさは、テレビを見ている子どもには伝わらないでしょう。でも何となく、強大な力を持った機械であることはわかってもらえる。それならば、その機械をどこまで精密に描き、リアリティを伝えられるのか。それが僕の仕事だと思っています」
子どもにも伝わるように、“空想物であるロボットのリアリティ“を描くか。そこで宮武さんが目を付けたのが、オートバイのサスペンションでした。
「オートバイのサスペンションに備わるショップアブソーバーと、それを取り巻くスプリング。これを見れば、子どもにも機械が動いていることがわかります。
それでロボットの足の側面構造に当たる部分に、サスペンションの仕組みを採り入れようと。その一点突破で、子どもはわかってくれる。これは、終戦後に父親が乗っていたり整備したりしていたオートバイがヒントになりました。まあ、僕はオートバイには乗らずにここまで来たんですが」
とはいえ、宮武さんは「子どもには細かく描いてもどうせわからない」と見下しているわけではありません。ターゲットである少年漫画誌の読者層のことを理解し「子どもは、子ども向けに描かれたものを嫌うんですよ」と話します。
「子どもは大人ぶって高望みしたがるところがあるし、子ども向けに描かれると『バカにしているな』と思うんです。だから、できる限り年齢の高いものに描いてあげないといけない。具体的には、『マジンガーZ』のように半身透視図にするというのが、メカっぽさが一番伝わって、一番カッコいい手法だと思っていて。これを全部透視図にして立体化すると、子どもは反対にバカにするんですよね」
宮武さんは創作の際、常に「子どもがそれをどう受け取るか」という子どもの視点と想像力を、とても大切にしているように感じられます。子どもの頃に感じたことをよく覚えているのも、何か関係があるのかもしれません。
翻って、私たちはどうでしょうか。
自分の子どもだった頃を過去に追いやり、子どもに対して「子ども向けのものを与えさえすればいい」という視点になっていないだろうかと。そのとき、子どもというものをどこかでバカにしていないだろうか。そして、そんな大人の姿勢を、子どもは見抜いているのではないだろうか――。
そんなことを思い返す瞬間が、宮武さんとの対話の中で何度もありました。
教えられないことと体得することの違い
好奇心を活かして自分のやりたい仕事をして、いくつになってもそれで食べていけるようにする。何かとあくせく働いている私たち大人は、自分の子どもに対してそんな仕事をしてほしいと、どこかで願っているのかもしれません。
端的に言えば、我が子はどうしたら宮武さんのように生きられるのでしょうか。
ぶしつけな問いに、宮武さんは「すごく難しいことですね。子どもの才能や興味・関心の持ち方、あるいはモチベーションをどうやって維持させ、育ててあげられるのかは確かに難しい」と、しばし沈黙。そして、静かにこう語りだしました。
「実は、コントロールの問題なんですよね」
コントロールとは、子どもの…?
「いえ、親御さん側のコントロールです。何をやってやればいいのか、または何をやってあげてはいけないのか――。
小さい頃、祖母の知り合いの教育者に、久里浜の山歩きへ連れ出されたことがあるんですよ。それで、山肌にある急斜面で僕をよじ登らせようとしたんです。『身体を起こせば登れるから、登ってごらん』と」
宮武少年は、地べたにへばりついて拒否しました。それは、単純に怖かったから。ある程度身体を起こせば、足が地面にめりこむので(重力的にバランスがとれるので)立てると言われても、彼は拒みました。結局、斜面を登れなかったそう。
「確かにその理屈でやれば、山は歩けるものです。その山歩きを喜んでやれる子どもは、確かに横須賀にはいくらでもいました。子ども同士で遊んでいれば、山の歩き方なんて何も言われなくても自然と覚えちゃう。
でも、その教育者は僕に“教えてくれちゃった”。それは、子どもにとっては“強要”だったんですよね。子どもは、自分で発見しなければ、ダメなんです。僕も山の歩き方は、高校の生物部で山の中を歩き回ったとき、初めて気がつきました(笑)」
宮武さんは、何を伝えたいのか。
それは大人が子どもに善かれと思って与えがちな「転ばぬ先の杖」には、あまり意味がないということ。宮武さん自身も少年時代に豊かな教育環境を用意されていますが、大事なのはたくさんの失敗をして、転んだりすりむいたりしながらも、自力で立ち上がり、自分でどうしたらうまくいくのかを考えること。それにこそ、意味と価値があるのです。
とはいえ、人生とはそう思い通りには行かないもの。時には、保護者の遺伝的な要素も関係してくるのかもしれません。ただ、遺伝が子どもにどう作用するかもまた、わからないものです。
最後に、宮武さんのこんなエピソードをご紹介しましょう。
「僕は小学校低学年のとき、ピアノを習わされたことがあるんです。わざわざ僕のためにオルガンを買ってくれたんですが、ぜんぜん弾きもせず、身に付かなかった。声質は良いと言われていて、声量もあったのですが、ものすごく音痴で『宮武くんは口を開けているだけでいいから』と先生に言われて傷ついたことを覚えています。祖母も早々に諦めていましたね。
僕は音感が鈍かったのは確かです。そもそも僕、父の代から耳が悪いんですよ。父は学徒出陣兵として意気込んで、戦闘機のパイロットを目指したそうですが『耳が悪いから』という理由で落とされてしまった。それで海軍の砲兵長になって、無事に終戦を迎えています」
多芸多才な宮武さんのことですから、耳が良ければ、その才能は音楽方面で発揮されたかもしれない。
ただ、その耳が悪いという遺伝がなければ、宮武さんの父親はパイロットとして戦地に赴き、場合によっては、宮武さんもこの世に生を受けることができなかったのかもしれない…。何か運命的な巡り合わせを感じずにはいられませんでした。
3年前に自宅の火災に遭い、最愛の奥様を亡くした宮武さん。しかし、波瀾万丈な人生を送りながらも、彼の創作意欲はとどまることを知りません。希代のメカニックデザイナーはこれからも子どもたちのため、その魂を燃やしながら、人の能力を延長させるロボットを描き続けてくれることでしょう。
展覧会「日本の巨大ロボット群像」
東京会場:2024年12月21日(土)~2025年1月13日(月・祝)
池袋・サンシャインシティ 展示ホールB(文化会館ビル4F)
名古屋会場:2025年2月15日(土)~3月24日(月)
金山南ビル美術館棟(旧名古屋ボストン美術館)
取材・執筆:スギウラトモキ
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