世界のロボット産業を知るトロン・和嶋 渓さんが「AI時代こそ手を動かせ!」と言い切る理由
2026/06/23
「ChatGPT」が2022年に公開されて以来、さまざまなAIが登場し、その進化のスピードに驚いている人もきっと多いはず。同時に不安になるのは「私たちの仕事や子どもが将来する仕事は、AIに奪われるのでは?」ということ。AIを搭載したロボットが正確無比な仕事をするようになれば、もう人間が手を動かしてものをつくるスキルも、お払い箱になるかも…。
「いえ、ものづくりの経験こそが大事なんです」と力説するのは、国内外のロボット産業に詳しい和嶋 渓さん。
教えてください。この時代にまだ、子どもがロボット教室に行っていて、ものづくりに夢中でも大丈夫ですか――?
トロン株式会社代表取締役
和嶋 渓(わじま・けい)氏
長野県出身。2011年に東京大学文学部卒業後、ゲーム会社を経てファクトリーオートメーション(FA)業界へ転身。2024年にトロン株式会社を設立。製造業の現場に「ヒューマノイドロボット」や「デジタルツイン(空間コンピューティング)」を実装するスペシャリストとして、企業のイノベーションを支援している。NVIDIA Omniverse™ Partner Council Japanメンバーも務める。
先端的なビジネスに魅せられて
「“先端的なもの”が好きなんですよ。就職活動の頃、ソフトバンクの孫正義さんが鼻息荒く『iPhoneを日本で普及させるんだ』と言っているのを見て、感動したことを覚えています。このような先端技術に関わるところで仕事をしたいな…と思いました」
和嶋さんは、さわやかなスマイルを見せながらこう語ります。さぞかし大学で機械工学や情報工学を熱心に学んでいたのだろうと思いきや、実は文学部英米文学科卒!「カート・ヴォネガットやトマス・ピンチョンといった作家のSF作品が好きでした」という彼、幼い頃にロボットなどのおもちゃは好きだったそうですが、それ自体よりも関心があったのは――?
「ガンダムやミニ四駆などのおもちゃって、毎年のように新しいものが出てくるじゃないですか。新しいシリーズが始まって、新しい世界観にもとづくストーリーが展開されて…ということに、毎回ワクワクしていました。関連して出てくる、新しいテクノロジーを駆使したフィギュアなどのグッズを追うのも楽しかったし。おもちゃ自体は閉じた世界かもしれないけれど、そうやって『世の中を変えていこうというビジネス』の意図を見ているのが、小さい頃から好きでしたね」
そんな和嶋さんがハマったのが、ゲーム。インターネット上で世界中の誰かとつながり、何千人ものみんなで同時にプレイするMMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game)などの登場には大興奮したのだとか。
「イノベーションが発火した瞬間のエネルギー」に強いワクワク感を覚えるタイプの彼が、新卒ではゲーム会社に就職し、7年ほどプロデューサーなどを務めていたというのも頷けます。
さて、和嶋さんが2024年に立ち上げたのがトロン。「現在は海外の優れたAIやロボットのテクノロジーを日本に輸入し、提供する仕事をしています。特に、海外のスタートアップ企業やベンチャー企業とパートナーシップを結び、そのテクノロジーを日本の大手製造業の生産性向上や工場内の改革に役立てていただくのがメイン事業。単に海外製品を輸入する“商社”機能だけでなく、日本の環境に合うように手を加えて提供する“インテグレーター”としての役割も持っています」というのが事業の概要。
それにしても現在38歳と、東大出身の起業家としては遅めの部類に入るのでは…?とぶしつけに尋ねると「ええ、そうなんです。だいぶ遅い」と苦笑い。
「あまりカッコいい理由ではないんですが、起業して万が一失敗しても、大丈夫な世の中になった――という感覚がありまして。ひとりが少額で起業する“ブートストラップ”がアメリカでも流行っていたり、生成AIなどのテクノロジーによって、それができるようになったりしているのも理由ですね」
ちょっと謙遜気味に語る和嶋さんですが、実は強い使命感の持ち主です。彼は前職で工場などの自動化(ファクトリーオートメーション)に関わる先端技術の仕事をするなか、ヒューマノイドロボットやVR・XRのような尖った最先端の技術を世の中に普及させるのは、既存の枠組みではなかなか難しいことに気づいたのです。
「自分でリスクを取って、起業するしかない」、彼はそう考えました。
そこにあるのは、かつてのiPhoneのように、先端技術が世の中に広がり、さまざまな産業が生まれていく“瞬間”に立ち会いたいという思い。和嶋さんを突き動かすワクワク感は、実は彼が幼い頃と大きく変わっていないのかもしれません。
世界のロボット産業を下支えする“教育“
エンジニアではない分、国内外のロボットテクノロジーをある意味でフラットな目で見ている和嶋さん。
では、率直に伺いましょう。ロボット産業において、日本とアメリカや中国ではどのような違いがあるのか?を。
「産業用ロボットでは日本はアドバンテージを持っていますが、ヒューマノイドロボットのような新しい分野に関しては、正直なところ日本はまだ、製品がないに等しい状態。なので、これから産業が作られていく段階ですね。先行しているのは、アメリカと中国です。アメリカは圧倒的にソフトウェアが強い。一方で、中国はハードウェアが強力で、ロボットメーカーだけで150社以上が存在すると言われています」
ぬるぬると動く、中国製のロボットを動画で観たことがある方も多いでしょう。あのようなロボットの輸入代理店もやってきた和嶋さんの見解は――。
「実はまだ、よく壊れるんです。バク転するロボット“Unitree G1”は年間5,000台ぐらい出荷していますが、あれはまだ品質が高いほう。それでも、50年かけて積み上げられてきた歴史がある日本の産業用ロボットに比べれば、品質や安全性、耐久性でぜんぜん違います」
これは「中国製だから品質が低い」などという単純な話ではなく、「中国製ロボットが製品としてまだ若く、未熟だからであり、今はとにかくたくさんのメーカーが群雄割拠の状態でどんどん製品を出している段階だから」というのが真相のよう。
そんな中、和嶋さんが注目しているのが、中国のロボット教育です。
「中国は国としてスタートアップ企業に投資しているだけでなく、教育にも相当に力を入れています。日本のテレビでも報じられたロボット運動会の前に行われている、中国一大きなロボット産業の展示会“WRC(World Robot Conference)”には平日にもかかわらず、たくさんの子どもが観に来ているんです。なぜかというと、展示会のワンフロア上でロボコンのようなことをやっていて、それに親子で参加しているから」
和嶋さんが現地の人に聞いたところ「ロボコンの経験は受験においてすごく有利」だそう。確かに「ロボットやAIに取り組んだほうが得だよ」という仕組みがあり、国としてそのエコシステムを整備・支援しているのであれば、みんな当然のように、その道を進むでしょう。
「あとは、UBTECH Roboticsという上場企業は、売上の数十%かがロボット教室やロボット検定などの教育事業で占めています。中国において教育とビジネスを接続する仕組みは、しっかり構築されている印象です。
一方でアメリカでは、ロボット系のトップ人材はみずから起業します。でもそこにVC(ベンチャーキャピタル)の資金が集まるというエコシステムがあり、爆発的なイノベーションが起きる可能性がある」
中国とアメリカ、お国柄や方針は違えど、ロボット産業によるイノベーションが生まれそうな予感がします。では我が国は?と尋ねると、ちょっと困ったように眉をひそめた和嶋さん。
いや、日本のロボット産業はロボット教室で育ち、ロボコンなどで活躍する優秀な若者がたくさんいるので、将来安心なのでは…?
「ええ、日本にもアニメや漫画でロボットに触れてきて、ロボットを好きになり、高専や大学のロボコンで活躍する優秀な人材は非常にたくさんいます。需要も高い。ただ…」と彼。
「みんな割と保守的で、イノベーションの方向へ行くことがあまりないように思います。その理由のひとつは、尖った技術力を持つ子が、大企業のR&D(研究開発)部門などに就職し、エネルギーが分散してしまう傾向があるから。日本にそのような尖った子を吸収する豊かな産業構造があるのはいいことですが、ある意味で安定した“温室”に入って落ち着いてしまうんですよね。そこでは給料だって、企業の基準に応じて横並びになってしまいますし」
それに加え、日本の企業は自前主義でやりたがるきらいがあります。それはこれまでガラパゴス的に進化した携帯電話や軽自動車の例を見れば明らか。「技術力があるので、自前でやろうと思えばできちゃうんですよね」と和嶋さんも言います。
ただ、ロボットでそれをやってしまうと、米中のスピード感についていけない可能性も――。
「国産ロボットや国産AIというのは、究極的にはあったほうがいいと思います。ただ、それ以外のことをやらないというのも厳しい。だから、海外の力を正しく取り入れるというのは、イノベーションを起こすのに重要だと我々は信じています」
企業のカルチャーや産業構造そのものを変えるのは難しい。ならば日本の企業の力を活かす。和嶋さんは日本の大企業と海外のロボットテクノロジーをつなぎ、社会に変革を起こす“触媒”になろうとしているのです。
AI時代に生き残れる人材とは?
世界のロボット産業の動きを知る和嶋さんから見て、これからの時代、どんな人に価値があるのでしょう。すると彼の口から出たのは「とにかく、ロボットを好きであること」でした。
「好きなことがすべて――それが一番の原動力ですね。私が出会ってきた人もみんなロボット大好きですし、好きじゃないとやりきれないですよ。反対に言えば、好きならば、もう学歴なんかもあまり関係がない。それは世界的に見ても、少なくとも日本国内においても。好きでさえあれば、AIなどでスキル差を埋めるツールは今後いくらでも出てきますからね」
「今、プログラミングの世界からロボットの世界へ、そう、“フィジカルAI”の領域にやってくる若いAIエンジニアはいくらでもいます。でも、逆はあまりいない。でも、ロボットの物理的な制御をわかっている人こそが重要なんですよ。例えば部品が足りないときに3Dプリンターでチャチャッとつくったり、根気よくテストしたりといったように、AIだけを触ってきた人に比べて格段に頼れる感じがある。ハードウェアに関してトライ&エラーを繰り返しながら手を動かしてきた経験は、一朝一夕では絶対に得られない。それこそ教えるのは大変ですし、対話型AIに聞いてなんとかなるものではないので。なので、その経験がある人は絶対に有利ですね。それは勘の良さだけではカバーできません」
ちなみに和嶋さんによれば、AIについても使い方のうまい・へたがあるのだそう。
「スキーのうまい転び方じゃないんですけれど、AIへの“体重の預け方”がうまい子がいるんですよ。AIに半端に体重を預けちゃうと、疑ってしまうから、コーディングなどでもかえって時間がかかる。大事なポイントだけ疑いつつ『1回試してダメだったら、もう1回やればいいや』ってシンプルな考え方の子のほうが、結果として仕事は早いんです」
事実、次のような話も聞こえてくるのだそう。
「仮にある企業がインターン生を採用する際、一般的な学生の時給は、よほどAIが使えない限り2,000円程度だったとします。それが特定大学のロボコン経験者だったら、その時給は3,000円。それぐらいの差が出ます。でも、ロボットをつくってきて、さまざまな困難をどうにかこうにか物理的に解決しようとしてきた粘り強さを持つ子は、これからのフィジカルAIの時代においても非常に希少で、重宝される存在になると思います」
AIが普及して、何でもパパっとスマートにできそうな今だからこそ、再評価されるのは「どれぐらい頭を働かせ、汗をかきながら苦労したか」。
AI時代でも輝いていけるのは、結局のところ、ある意味で昭和や平成時代のような泥臭い経験を重ねてきた人材なのかもしれません。
「ものづくりが好きなこと」はもっと褒められるべき
これまでの和嶋さんの話は、子どもをロボット教室に通わせている保護者の方々にとって希望が持てる話といえそう。では、そんな子どものために、親としてできることは――?
「褒めることだと思います。だってゼロからものをつくれるって、本当にすごいことだと思いませんか。われわれ大人からすれば『説明書通りにつくれば、ものができて当然』と思うでしょう。でも、子どもがものを最後までつくりあげることには、ずっと『すごいね』って言い続けてあげたほうがいいんじゃないかな」
そう、保護者は子どもが「ものをつくれる」ことに最初こそ感動しますが、いつしかそれに慣れてしまい、期待も込めて「次はもっと、難しいレベルのものを…」とついつい求めてしまいがち。和嶋さんがそう語るように、どんなものでも、つくるということは“すごい”営みなのです。
その上で、「粘り強く付き合う」ことも忘れないでほしい、と彼。
「困難を乗り越えることに価値がある。その成功体験を積ませることを意識して、忍耐強く向き合ってほしいですよね。もちろん、保護者が子どもにわからないことをしつこく聞かれて『そんなのわかんないよ!』と言いたくなる気持ちもわかりますけれどね(笑)」
「これからは勉強が多少できても、“特に好きなことがない“という子は、一番厳しい時代になるかもしれません」と和嶋さんは述べていました。
だから、お子さんが今「ロボットづくりが大好き」というなら、それはとても素晴らしいこと。もちろん、将来を考えてロボット教室通いから受験勉強にスイッチすることも、ひとつの選択です。けれども、子どもの”好き“を見守り、その心を大切に育てることが、結局は未来に花開くための一番の近道なのかもしれません。
これからの日本のロボット産業界を変えていくであろう和嶋さんも、優しく微笑みながらこう言います。
「私もそんな”好き“を持っている人と、一緒に働きたいですね」と――。
取材・執筆:スギウラトモキ
