「コスモ女子」運営者・井口 恵さんが宇宙業界での女性活躍を後押しする理由
2025/04/07
自分のかわいい娘が、夢中になっていることをサポートしたい。もし、それが将来の仕事につながるなら、なおさら望ましい…そう考える保護者の方は多いはず。
しかし、愛娘から興味の対象が“宇宙”だと聞かされたとき、その先にある進路や職業をパッと思いつく人は、どれぐらいいるのでしょうか――?
昨今、注目を集めている宇宙業界ですが、残念ながらまだまだ女性が活躍しているフィールドとはいえません。そこに突破口を見出そうとする宇宙好き女性コミュニティ「コスモ女子」を運営する起業家・井口 恵さんにお話を伺いました。
株式会社Kanatta代表取締役社長
井口 恵(いぐち・めぐみ)氏
2010年、横浜国立大学経営学部卒業。大学在学中に公認会計士試験に合格。
KPMGあずさ監査法人、LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン・ジャパンを経て、2016年に株式会社Kanattaを設立。運営する宇宙好き女性のコミュニティ「コスモ女子」によって、2024年8月に人工衛星打ち上げに成功。Forbes JAPAN「WOMEN AWARD 2024」パイオニア賞を受賞。
女性を宇宙業界へ送り出したいという思い
「実は私、宇宙にもドローンにも、まったく興味がなかったんです」
笑顔であっけからんと語る井口さんは、いわゆる“バリキャリ”。大学在学中に公認会計士試験に合格し、監査法人や有名ファッションブランドでのハードな勤務経験を経て、2016年に起業しました。仕事を誰よりも愛する彼女を長らく苦しめたのは、“女性の活躍しにくさ”でした。
「どうせ起業するなら、自分が課題に思っている女性活躍の一翼を担うようなことをしたい…!と思いました」

ちょうどその頃、海外で需要が急速に伸びていたドローンに注目した井口さん。しかし日本に目を向けてみると、ドローンパイロットの9割が男性でした。
「せっかくこれから伸びていく産業で、特に男女で向き不向きがあるわけではないのに、男性ばかりというのはもったいないなと。そこで女性ドローンパイロットのサポートをしようと、コミュニティを作ったんです」
これが現在、日本最大級の女性ドローンパイロットコミュニティとなった「ドローンジョプラス」です。このドローンジョプラスの成功で手応えを感じた井口さんは、2020年3月に「コスモ女子」を発足しました。
「ただ、そのタイミングで新型コロナウイルス感染症に伴う緊急事態宣言が発令されたので、2回目以降の勉強会はオンライン開催になりました。でも、これが結果として功を奏したというか、全国から宇宙好きの女性が集まってくれて…。今では海外にも会員がいます」
そんなコスモ女子の会員数は、およそ60名。ドローンジョプラスではドローンに関する検定を受講する必要がありますが、コスモ女子に参加資格はありません。宇宙に興味があるすべての女性に門戸が開かれており、会員は小学生から60代と、年齢層もさまざまです。
宇宙にそれほど興味がなかった井口さんがコスモ女子を立ち上げたのは、やはり“ジェンダー平等”という思いから。
「こういった理系分野の成長産業に従事する女性が最初からいないと、おそらく男女比率はそのままで大きくなっていくことが予想される。それは、すごくもったいないと思ったんです。私自身がドローンや宇宙をすごく好き!というモチベーションより、こうして大きくなっていく分野や産業の中で、女性が活躍できるようなフィールドを作りたい…というのがモチベーションですね」

ビジネスセンス豊かな井口さんは、理系分野を女性にとっての“ブルーオーシャン”だと捉えているようです。
人工衛星を打ち上げた「コスモ女子」の行動力
ところでこのコスモ女子、宇宙好きな女性が仲間内でワイワイするゆるいサークルではありません。なにしろ、独自の人工衛星を打ち上げてしまったのですから…!
「コスモ女子は、特に明確な目的を最初から定めて活動しているわけではなく、やる気のあるメンバーがプロジェクトを新しく立ち上げる仕組みになっています。発足当初から、せっかくやるからには人工衛星を打ち上げようと話はしていたんです。そこでいきなり、人工衛星の第一人者の方にアポを取って『人工衛星を打ち上げたいんですけれど』と相談してしまった(笑)。
そこからは関係者の皆さんが後押ししてくれましたが、人工衛星に関して本当に何も知らなかったから、逆に一歩踏み出せたんだと思います」

かく言う井口さんも傍観者ではなく、本気でコミットしています。人工衛星打ち上げのため、コスモ女子とは別に「コスモ女子アマチュア無線クラブ」を設立。この取材でお邪魔したコスモ女子地上局の屋上には、軌道上の人工衛星との通信のための巨大なアンテナが建っていますが「通信アンテナは借りられるものだと思っていたら、借りられなかった」というので、賃貸物件の屋上(!)に自前で建設したのだそう。
「コスモ女子アマチュア無線クラブには、Kanattaはスポンサーのような立場で参画していますね。地上局の場所探しや交渉・調整、講演者の出演依頼などは私のほうで行って、その後のやりとりなどはメンバーの皆さんにお任せしています。皆さんは本来の仕事がある中でも22時や23時からミーティングして頑張っているのに『資金が続かないから、この計画はもう打ち切りです』だなんて言えないな、と。それでどうにかこうにか頑張って、結局4年がかりの計画になりました」

こうして2024年8月、コスモ女子の超小型人工衛星「Emma(エマ)」はJAXAに引き渡され、アメリカのケネディ宇宙センターから無事に打ち上げられたのです。
宇宙の仕事へつなぐ架け橋として
コスモ女子は、宇宙業界の仕事のマッチングの場としても機能しています。メンバーのうち、2割程度が実際に宇宙業界に転職しているのだとか。
「月に1回行われる勉強会では宇宙業界の方に講演していただくのですが、その会で面識ができた方に『今度、人を採用しようと思っていて』と話をいただいた際に、コスモ女子の中で展開して、興味がある人が手を挙げる――そんなカタチでつないでいます」
さらに興味深いのは、メンバーの約半数が文系人材ということです。
「実際、あずささんという服飾デザイナーだった方が、月面探査車“YAOKI”を作るダイモンという会社に転職しました。前澤友作さんのISS(国際宇宙ステーション)からの配信を観たお子さんが、『私も宇宙飛行士のYouTuberになる、そのときはママがデザインした宇宙服を着たい!』と言ったことをきっかけに、親子でコスモ女子に入会してくれたんです。
そこであずささんは宇宙について学んでいたところ、講演に来ていただいていたダイモンの中島紳一郎社長とのご縁ができて…」

理系人材が多い業界は、子どもの頃から宇宙やロボットなどにずっと興味を抱いていた男性が多い傾向があります。一方でコスモ女子は、女性にはさまざまなモチベーションの源があること、それによって文系人材でも実際に働けること――その新たな可能性を示してくれているのです。
文系・理系にこだわらないSTEAMな場をつくることに長けた井口さんですが、何を隠そう、元・リケジョなのだとか…?
アメリカ帰りのリケジョを文転させた日本の教育
井口さんは小学生のあいだ、アメリカに住んでいた帰国子女。そして、理系科目が得意な女の子でもありました。
「小学校では、算数ばかりやっていて…英語ができなくてもできるのは、算数だけだったから(笑)。そのおかげで、6年生には数学だけ飛び級しました。おもしろい授業も多くて、例えば、CGで橋をデザインする授業があります。できるだけ材料を少なくしながら、強度を確保してといった条件を付けられながらデザインするんです。それでオッケーをもらったら、今度は実際に木材で橋のミニチュアを造り、最後はミニカーを走らせて強度実験する。すごくおもしろいと思っていて、そのままアメリカにいたら、理系に進んでいたと思います」

「他の科目はできなくてもいいから、君は算数(数学)を頑張ってそれで生きていけ」とまで言われていた井口さんは、帰国後に進学した中学校で衝撃を受けました。そう、学校の授業のつまらなさに――。
「答えがわかっていることをわざわざ実験して確かめさせる授業や、座学だけの授業には魅力を感じられなくて。それで理系科目がおもしろくなくなってしまい、大学受験直前で文転(注:理系から文系へ変えること)したんです。大学に入って、4年間もこんな実験ばかりするなんて耐えられないな…と」
もしかしたら、大学に入ってからのほうがおもしろい勉強ができたのかも、と苦笑する井口さん。とはいえ、リケジョになるはずだった高校生の心を折れさせてしまうのは、そのカリキュラムに問題があるといえるのかもしれません。
「日本ではSTEAM教育の普及が遅れていると言われていますが、私がアメリカにいた頃、日本人の子どもはみんな算数が得意だったんですよ」
本来はポテンシャルがあるはずなのに、それが教育によってスポイルされてしまっているのではないか…自身の経験も踏まえて語る彼女。だから井口さんは、ドローンや宇宙についての導入部分こそ重要と感じ、子ども向けに教室を開いたり、親子会員制度を設けたりしています。
「子どもは最初におもしろいと思ったら、あとは勝手に勉強するものだと思う。自分がプログラミングしたとおりに目の前でドローンが飛べば、もっと勉強したいという子どもは増えるんじゃないかな」

理系の学びを、もっとおもしろくしたい。それがコスモ女子やドローンジョプラスに通底する、彼女のもうひとつの願いです。
さて、幼い子どもを育てている母親でもある井口さんに、子育て観についても尋ねてみると…?
「周りはお受験だ、習い事だって言うのですが、日本ではみんな、なぜかジェネラリストを目指しますよね。私も昔、日本の学校で『数学はできるから、他の赤点科目の底上げを頑張って』と言われました(苦笑)。ただ、別に全員で、それを目指さなくてもいんじゃないかな、と。子どもが楽しいと思うことに特化してスペシャリストになっていく道もあると思うし、そのほうが子どもは伸びるんじゃないかと思っています。
コスモ女子で講演してくれた植松 努さん(植松電機社長)も高校まで“変な子”扱いされていたけれど、大学で開花したとおっしゃっていましたね」
自分もスペシャリストの道を目指せたら…そんな思いを言外ににじませながら、井口さんは語ってくれました。
ちなみに、経営者である井口さんが人を採用していて思うのは「挫折を乗り越えた人が一番強い」ということ。反対に、批判もされず、怒られもせず、挫折を経験したことがない純粋培養の人は打たれ弱いと感じるのだそう。そのこともあり、彼女は「何かに特化してそれで失敗したとしても、人間的には成長できる。それまで酸いも甘いもしっかり経験してほしい」と考えているのです。
彼女は、こうも述べています。「親になってからも、ずっと勉強だと私は思っています」と。
「だから子どもに何を習わせようとあれこれ悩むよりも、親もいっしょに勉強し、誰よりも親がチャレンジしている姿をずっと見せつづけることが、子育てには大切なんじゃないかな。『ママみたいに働きたいな』って思ってもらえたらいいですよね」

起業家として、女性として、母として――それらの属性はもとより、井口さんは“人間”として輝いている姿を、我が子に見せたいのかもしれません。
「業界の人だけで盛り上がっている」問題
宇宙に特別深い思い入れがなく、ある意味フラットに宇宙業界を見られることは、メリットでもあります。井口さんに宇宙業界の課題を聞くと、「宇宙関連の人だけで盛り上がっていること」と即答。
「専門の人がすごいと感じることでも、一般の人には何がすごいのかわからないことが多いと思います。これまではJAXAのように政府の機関が中心だったので、広報や認知拡大も必要なかったのかもしれない。でも、宇宙業界が大きくなって民間企業が参入してくると、一般の人にもわかりやすい情報発信が必要になると思います。今はそれが、すごく弱い」

井口さんはアメリカでの人工衛星打ち上げ時、宇宙飛行士がヒーローとしてブランディングされ、ケネディ宇宙センターが、まるでアミューズメントパークのようになっていたことに驚いたそう。
「子どもの頃にここに来たら、絶対に宇宙への興味を持つよね…と。一番衝撃的だったのは、実験中の事故で亡くなったアポロ1号の宇宙飛行士たちの扱いです。日本だったらそこで実験を打ち切りにするのかもと思うけれど、アメリカはアポロ11号で月面着陸するまでやり遂げた。そのベースとなった1号のメンバーに関して『彼らは自分たちのヒーローだ』と伝えるという…。
ネガティブなことがあってもポジティブに発信し、ポジティブなことはめちゃくちゃポジティブにするスタンスは、打ち上げに成功したのか失敗したのか、よくわからない記者会見をする日本とすごくギャップがあるなと思いました」
日本の記者会見を見て「理系分野に失敗はつきものだけれど、世界初の試みにせっかく成功したのなら、もっと喜んでもらっていいのに」と感じる井口さんのシンプルな疑問はもっともです。
また「すべてのジャンルはマニアが潰す」という言葉があるように、特に男性のマニアで盛り上がる界隈は保守的になりがちで、なおかつ広がりに欠ける傾向があります。そして宇宙業界に限りませんが「男性目線で考えた女性にウケる企画」は失敗することも多いもの…。
これからは知識差や性差関係なく、井口さんやコスモ女子出身の女性たちがすべての人のために考えたフラットな企画が、宇宙業界をもっと開かれたものにしていく――そんな予感がします。
「コスモ女子が不要になる日」を目指して
「理系として学んでいった先に、こんな未来があるということを、女性たちにもっと伝えていきたい」と説く井口さん。それは、理系の道を進むのを断念したかつての自分へのエールのようにも映ります。
「宇宙業界に関しては、特にハードルが高いと思われていますよね。今までは、宇宙飛行士になるぐらいしか道がないと思われていたから。コスモ女子のメンバーも『ハードルが高すぎて、あきらめた』とはいうものの、よく聞いてみると実はエントリーシートを出したわけでもなく、チャレンジも特にしていない。先入観のせいで、チャレンジする前にあきらめているんです。
だから、宇宙にはこんな仕事もあって、それはもう身近な仕事になりつつあると伝えることで、現実を変えていきたいと思っています」

今、地球上であるビジネスや仕事は、すべて宇宙でも必要になっていくそうです。たしかに、人間が宇宙へ移住するようになれば、さまざまな仕事が生まれるでしょう。そのときには「宇宙業界」という言葉自体もなくなるはず――井口さんはいつか来るその日のために、女性が宇宙業界で働くのを当たり前にしたいと考えています。
事実、井口さんが学校でキャリア教育をテーマにした出前講義で、女子生徒たちの目の色は変わるのだとか。
「『宇宙業界の会社でも広報の仕事がある。でもそれには、理系の知識があったほうがもっと伝えやすくなるよ』といった話をしています。すると、講義前は『理系に興味がある』と答えていた子がたぶん2割もいなかったのが、講義後は『ちょっと興味が出てきた』と答えた子が5割ぐらいになったりしてね」とちょっとうれしそうに微笑む井口さん。
これは“未来が具体的にイメージできるかどうか”の差なのでしょう。自分の手の届くところにある世界だと知ることができれば、人は性差などの見えない壁を超えて、進路を選び、歩き出せるのです。
「『ジェンダー平等と言いながら、女性に特化しているじゃないか』なんてコメントをもらうこともあるんですけれど、私も別に女性だけを優遇したいわけではない。男性9割の宇宙業界を何とかしたいだけ。矛盾するようですけれど、このコミュニティが必要なくなるぐらいの男女比率になるのが理想です」

みずからの思いを熱弁する井口さん、ふと「あ、今日は女性起業家の皆さんと、石破総理への表敬訪問なんです」とこれまたあっけらかんと語るのでした。
人間としてのパワフルさが魅力的な彼女。そのパワフルさは、地球だ宇宙だ、といった垣根を軽々と超えていけそうです。
井口さんが運営するコスモ女子が、その使命を終える日――。それは、宇宙業界で女性が働くのが当たり前になった日。文系も理系も男性も女性も関係なく、宇宙が誰にとっても身近になり、誰もが活躍のチャンスを得られる日。そして、成層圏を超えてダイバーシティが実現する日――。
そんな日は近い将来、きっと訪れるでしょう。

取材・執筆:スギウラトモキ