V-Sido生みの親・アスラテックの吉崎 航さんがAI時代にこそ必要と説く「3行で伝える力」
2026/03/26
ロボットを自分の指示通りに動かせる――ロボット教室に子どもを通わせている保護者の方なら、ロボットを動かせて喜ぶ子どもの笑顔と、「プログラミング」なるものの力をよくご存じのことでしょう。しかし、近年はAIが発達し、プログラミングさえもAIが行う時代が来ているといわれています。将来の子どもの役に立つはずのプログラミングは、今後、無用の長物となるのでしょうか?
それにきっぱり「いいえ」と断言するのが、吉崎 航さん。彼はロボットを制御するプログラミング界隈で輝かしい実績を持つ大先輩。では、あらためて伺いましょう。
この先も子どもがロボット教室などでプログラミングをやり続ける価値はあるのですか…?
アスラテック株式会社取締役/チーフロボットクリエイター
吉崎 航(よしざき・わたる)氏
1985年山口県生まれ。2009年に経済産業省所管のIPA(独立行政法人情報処理推進機構)が実施した「未踏IT人材発掘・育成事業」にプロジェクトが採択され、ロボット制御システム「V-Sido(ブシドー)」を発表。経産省から「スーパークリエータ」に認定される。2013年より現職。2015年には現「ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)」の参与に選任。
V-Sidoは“武士道”ではなく“指導”?
「V-Sidoは、ロボットの脳みそそのものではなく、“脊髄”や“運動神経”に当たる部分のソフトウェアですね」
優しい微笑みを浮かべながら、そう教えてくれた吉崎さん。自律型のロボットには人間にとっての身体だけでなく、脳も備わっています。脳などからの「動け!」という指示をロボットの筋肉部分へと伝える役割を果たし、工事現場で働くロボットや18mの巨大ロボットといった「小さなものから大きなものまで動かす力」――それを制御するのが、彼のつくったV-Sidoです。
「V-Sidoは、ロボット自体の操縦ソフトだと間違われがち」と苦笑いする吉崎さんですが、ロボットを動かすといえば、最近はセンサーなどで実際の状況を把握・判断しながら、自律的に行動する“フィジカルAI”が話題。
V-SidoはフィジカルAIと、どのように関わるのでしょうか?
「V-Sidoは、いわゆるフィジカルAIにおいても活用されています。仮にAIを使ってロボットを動かそうとするとき、例えば崖から落ちたら壊れることを本能的に学ばせるため、実際に崖から500回落とすわけにはいきませんよね。だから、ロボットにとっての“本能”を、根っこにインストールしておく必要がある」
そう、世界でも類を見ないほど大小さまざまなロボットに使われているV-Sidoがここまで支持されている理由は、AIの“暴走”を止める役割も担っているから。
「AIが暴走するといっても、何も悪意を持って罪を犯すという意味ではありません。AIは本来、純粋無垢ゆえにいろいろな動きを試し、人間の意に沿わない、常識のない動きをする可能性があるものなんです。
それを長年かけて、暴走しないように教え込んできたのが今のAI。今のAIは優秀ですが、それでもわからないことはたくさんあります。それを無理に『その場で判断しなさい』といわれてしまえば、人間の思ったような動きをしないことは、当然起こりえます。だからこそ、AIがめちゃくちゃな指示を出しても、安全弁であるV-Sidoが最低限の安全を確保しながら、滑らかで安全に、それっぽく動かす」
ロボットを厳しく律してくれるV-Sido、その特徴と名前から何となく“武士道”を想起してしまいますが、もしかして…?と問うと、吉崎さんは優しい笑顔を崩さずに、こう答えました。
「“指導”という日本語が入っているのが一番の理由ですね。私がV-Sidoを作り始めたころ、ロボットは『ここは30度、ここは45度』と“指示”して動かすものでした。しかし、これからの時代は『手の先はこの辺りね』『ちょっと柔らかく持ったほうがいいよ』と“指導“すれば、そのとおりに動いてくれるようになるだろうと。その”指導“に、バーチャル(Virtual)の”V“をつけてブ(イ)・シドウ…と(笑)。でもAIが進化した今の時代になって、まさにロボット研究者たちが予想していたAIとロボットが仲良くなる”指導“の時代が来たなと感じています」
2000~10年代のV-Sido開発時から、今のAIとロボットの関係性を予測していた吉崎さん。おそろしき彼の子ども時代は、いったいどんな少年だったのやら…?
中3で悟った「ロボットを動かすのはソフトウェア」
吉崎さんは物心ついた頃から、ロボットがずっと大好き。4、5歳のときには紙工作でロボットをつくり、小学校に入る前から『機動戦士ガンダム』や『機動警察パトレイバー』などのアニメにハマっていたそう。それもパイロットではなく、開発者の視点で――。
「小学校1、2年生の頃にはパソコンを触り、はんだ付けをして、中学生ではもうプログラミングをしていました。ロボットの操縦方法には興味があったけれど別に操縦したかったわけではなく、とにかくロボットをつくりたかった」と笑う彼。
そんな吉崎さんがロボットのハードウェア(身体)ではなく、ソフトウェアの道に進むと決めたのは、なんと中学3年生!
「中3の自由研究がきっかけですね。そのときのテーマは『巨大ロボットを今の技術でつくることができるか』というものです。油圧や電動の力と鉄の強度のほか、人間が歩く速度などを調べた結果、4mサイズの巨大ロボットはハードウェアの面で見ればすでに製作可能だという結論に至ったんです。
これ以外に超技術が必要なのだとしたら、それはソフトウェアの領域に他ならない――と。それからは高等専門学校(高専)や大学でプログラミングや情報工学を学び、ロボットのためのソフトウェア開発を続けてきました」
ロボットを動かすプログラミングにおいての先達である吉崎さんに、あえて聞きました。プログラミングの楽しさや喜びを感じるのは、どんなときなのかを――。
「自分がどんな喜びを求めているのかに合わせて、プログラミングでは好きなものをつくれるんですよ。普段使うExcelでもゲームでもロボットでも。あえてひとつ挙げるのなら…」と考える彼。
「何十行、何百行のプログラムを書いて、最後にコンパイル(人間が書いたコードを機械が読めるように翻訳する作業)してロボットが思った通りに動いたら、それは『テトリス』でブロックが一気に消えたときの感覚に近い。うまく動かなかったときはもちろん悲しいですけれど、再び挑戦できる。それがプログラムのおもしろく、気持ちがいいところです」
「プログラミングのおもしろさを子どもがわからないのは、大人がどうなったら成功で、どうやったら楽しいのかを教えてあげられてないだけじゃないかと思うんです。私はテトリスっぽいおもしろさがあると話したけれど『テトリスみたいだから、やってみようよ』と言ってくれる親も、あまりいないのかも。そのおもしろさを知っている人がロボット教室のようなところにいるのであれば、うん、きっといろいろなお子さんが興味を持ってくれるはずです」
笑顔で語る吉崎さんに、そうはいってもプログラミングでうまくいかないとイライラしませんか?と重ねて訊くと、彼にはどうやらかなりのストレス耐性があるもよう。それはどうも、幼少期の体験に起因するようで…。
ストレス耐性は自然体験と折り紙で
ロボットが暴走するような緊急事態が発生したときも、「安心してください」とばかりに、とにかく焦らない吉崎さん。
「周りが焦る中、さて非常停止ボタンを押せばいいのか、その場から離れればいいのか、または電源を引っこ抜けばいいのか、水をかければいいのか…といったことをひとりで淡々とこなしているので『なぜそんなに落ち着いているんですか』といわれます。私は焦ることに価値を感じていないだけなんですが…。だから光栄なことに、よく(さまざまなプロジェクトの)火消しに呼ばれます(笑)」
その落ち着きを育んだ経験として、彼はふたつの例を挙げました。ひとつが、自然体験。
「小学生のころ、1、2ヵ月に一度は『青少年自然の家』のような宿泊訓練所へ行き、泊まり込みでいろいろなことを教えてもらっていました。ずっと大理石を磨いたり、飯ごうで米を炊いたり。体験として思い出深かったのは、普段は大人が調査目的でしか入れない真っ暗な洞窟に、小学生1年生で特別に入らせてもらったことですね。ヘッドライトを消すと完全な暗闇になり、一歩間違えれば命の危険がある場所で肌で学んだのは『本当に命の危険があるなら、騒がないほうがいい』ということ。そこで騒いでいたら次は連れて行ってもらえなかったはずなので(笑)。それが今の、トラブルが起きても落ち着いていられることにつながっているのかもしれません」
そう淡々と話す彼ですが、以前に河森正治さんも言及していた幼少期の自然体験の重要性がここでも実証されているようです。そして彼の人格形成につながった、もうひとつの大きな経験が “創作折り紙”。
「創作折り紙は3、4歳から始めて、小学3年生のころには大人向けの折り紙教室の講師として隣県まで行っていたこともあります。今でも、たまにつくりますよ。この折り紙の経験は、自分の頭の中における幾何的な理解にすごく役立っています。まあ、数学のときの証明問題で先にパッと答えが出てきてしまうので、過程としての証明が書けずに困ったこともありましたが(苦笑)」
親には「やりたいことをやりなさい」と私を信じていろいろな経験をさせてくれたが、一方で「やると言ったことはあきらめるな」と厳しくいわれてきた…と吉崎さんは言います。そのスタンスも、彼がストレス耐性を身につける一助になったのかもしれません。
ではどんなプログラミング言語を勉強すれば、吉崎さんのようになれるのでしょう?PythonやJavaですか?
これに対して、吉崎さんの回答。「私は10年以上前から一貫して言っているんですよ、『プログラミング言語に依存する時代ではなくなります』と。スマホに話しかけるだけでプログラムをつくってくれる時代は必ず来ますし、実際にもう来ていますから」ですと――!
プログラミングの本質は「3行で話せ」
「だからといって、プログラミングをやらなくていいわけではない」と補足する吉崎さん。
「言語なんて、何でもいいんですよ。なぜならプログラミングの本質は極端に言えば『やりたいことを3行で、過不足なく伝える論理性』を身につけることですから。まず自分が伝えたいことを短く圧縮し、伝える練習をしていれば、おそらくその子の将来は変わってきます。AIがあればプログラムは不要ということでもなくて『便利になった世の中で、あなたがやりたいことを言語化できますか?』というだけの話ですね」
これはさまざまな生成AIが登場する中で「どのAIツールで生産性を上げられるか」「どうやって使いこなすか」ばかり気にして追いかけている、われわれ大人にとっても耳が痛い話です。プログラミングもAIも、あくまで目的達成の手段に過ぎず、習得を目的にしてはならない――。
「生成AIの力はバカにはできないし、ものづくりの底上げになっている感はある。ただ、生成AIと対話しただけですごくきれいなイラストを描きました…みたいなものがSNSでも流れてきますよね。でも本当にやりたいことを伝えないと“ステキな額縁に入ったイラスト“は描けても、それは空っぽなままです。まあ、ステキな額縁に入っているとたいていのイラストはきれいに見えるわけだから、そのブースト効果はすごいですが」
大切なのは「優れた技術で何を実現したいのか」というプリミティブな欲望。習いごとや受験塾に通わせて、子どもにあれこれと武器を持たせたくなるのが親心ですが、一度立ち止まって「子ども自身が本当にやりたいことは何?」を考えてみるといいのかもしれません。
吉崎さんは自身の“好き”の力を信じているからこそ、こうも述べました。
「私は一般入試をほとんど経験せず、だいたい推薦入試で進学先を決めてきました。そこでは好きなものについて語り『自分にはそれができる』と証明するため、伝え方を練習したり学んだりした。たとえその技術が未熟でも、思いが強ければ通じることはある――それが推薦入試における面接の突破力じゃないでしょうか」
「さいわい、好きなことを伸ばしたら進学できる、良い世の中になってきました。だから自分の強い思いがあり、その思いで突破していきたい子どもは、一般的な受験塾で受験勉強に取り組むよりも、ロボット教室のような場所で好きなことをやっていくほうがチャンスもあるし、適しているかもしれないですね」
AIに仕事を奪われない人になるために
吉崎さんとの話は、ヌルヌルと動き、飛んだり跳ねたりする中国製ロボットのすごさに及びました。
彼は2015年にインタビュー「日本はロボットが浸透しやすい国? アスラテック吉崎航氏が語るロボット産業のこれから」で、日本のロボット産業について「海外に後れをとると、アドバンテージを全部持っていかれるので、それは避けたいところです」と言っていました。それから10年、吉崎さんの目から、日本のロボットはどう見えているのでしょう…?
彼はしばし熟考ののち「前提として、中国などのロボットは素晴らしい」と話しながらも、悲観することはない、とも。
「中国は国をあげて、AIと連携しやすいQDDモーターのロボット開発に力を入れています。ただ、QDDモーターは大量の電力を食うし、踊るロボットにはいいけれど産業用ロボットに向かない面もあるので、これまで日本の産業用ロボットメーカーが投資する意味がなかった。
ただ、QDDモーターに先行投資した中国は、今後さまざまな課題をきっと解決していくでしょうし、決して油断はできない。逆に、従来からある精密減速機の「ハーモニックドライブ」の重要性も再認識されているようです。
日本には何十年も前から『本当に仕事ができるロボットとはどんなものか』を知っている人たちがたくさんいます。ハーモニックドライブについては、もともとは日本のお家芸でした。これにAIを掛け合わせて、この先5年ぐらいで、きっと素晴らしいものを出してくれるはず」
吉崎さんが期待していること。それは、世界中でロボットをカタチにする環境が構築されてきて、“次世代の吉崎 航”が生まれやすくなっていることかもしれません。
「思ったことを実現するハードルは、中国の人だけじゃなくて、私たちを含めた世界中の人に向けて、ほぼ平等に下がっています。今はシミュレーターを使えば、ある程度のラインまでそれほどお金をかけずに試すこともできる。『小学生のときに思いついたアイディアを中学生までに実装して、世界中の人を驚かす』といったことが、今後もきっと起きると思います」
「だから『中国はロボットにお金をかけているからすごいんだ』とあきらめないでほしい。日本としても、負けたくないですよね。そう、隣の芝生は青く見えるかもしれないけれど、隣の芝が良くなったときには自分のところの芝にも陽が当たっていて、良くなっているものですよ(笑)。それに気づかないのはもったいない」
「AIに仕事が奪われる」という脅しのような言説に不安を感じ、縮こまっていても仕方がない。専門家である彼は前向きに――いえ、持ち前の冷静さで――世界を見つめています。AIが進化する未来においても、人間の仕事は減るどころか、増えるだろうと予測する吉崎さん。
「AIに仕事が奪われて、人間がヒマになるなんてことは絶対にありません。人間はヒマな状態がそんなに好きではないし、『働きたい』という欲望をいい感じに叶えるのもAIの仕事だから(笑)。これからの未来は、人間とAIが“わざわざ対話する関係“から、AIが環境を構築して、人間の五感すべてを”接待“してくれるような世界に変わっていくと思います。人間にはどこまでがリアルか、バーチャルかがわからなくなるぐらいに…。
その中でこれからの子どもたちには、AIというツールを使って『自分という人間は何をしたいのか』を問い続けさせてほしいし、大好きなことにのめり込む経験をたくさんさせてあげてほしいですね」
「私が『ロボットのプログラミングをやりたい』と言い出したとき、職業としてはほぼ存在しなかった。こんな仕事が出てくるなんて、私も半信半疑で」と吉崎さんは笑います。前例も憧れる存在すらもいない中で、彼は自分を信じて見守ってくれた親に、感謝しているそう。
だから今は、幸せな時代です。ロボットのプログラミングの仕事で、ちゃんとお金が稼げることがわかっているのですから。もし子どもが「プログラミングをやりたいけれど、これは仕事になるの?」と言い出したら、保護者の方はぜひ隣にいて調べてあげて、「おもしろそうだよ」とそっと背中を押してあげてくださいね――それが、優しい吉崎センパイからのメッセージです。
あなたのお子さんがロボットの“心”をつくる人として、世界にその名を轟かす日。あなたが吉崎さんの親のように、自分の子どもの力を信じることができるならば――。その実現は、決して遠い先の話ではないのかもしれません。
取材・執筆:スギウラトモキ
