水星探査機「みお」を導くJAXA・村上 豪さんが選んだ道と、子どもたちに望む未来|こども教育総合研究所
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水星探査機「みお」を導くJAXA・村上 豪さんが選んだ道と、子どもたちに望む未来

2024/12/20

村上 豪さん。眼ヂカラの強さが印象的なこの男性は、宇宙航空研究開発機構(略称:JAXA)で水星について探究している研究者です。
宇宙飛行士の宇宙におけるミッションやロケット打ち上げのニュースなどで名前を聞くJAXAですが、その内側を知る機会はあまりありません。JAXAで働く人とはどんな人なのか、またJAXAで働くのはどんな人が向いているのかなどについて、村上さんにお話を伺いました。


村上 豪(むらかみ・ごう)さん

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所太陽系科学研究系 助教

「ベピコロンボ」プロジェクトチーム プロジェクトサイエンティスト

1984年生まれ、神奈川県出身。東京大学理学部地球惑星物理学科卒業。同大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。
宇宙科学研究所にて日本学術振興会特別研究員、宇宙航空プロジェクト研究員を経て2017年より現職。月周回衛星「かぐや」や国際宇宙ステーション、惑星分光観測衛星「ひさき」の搭載装置を開発。
現在は、水星探査計画「ベピコロンボ」プロジェクトサイエンティストを務める。


「水星のみお」が作っていく地球のストーリー

村上さんが携わるのは、水星磁気圏探査機MMO(Mercury Magnetospheric Orbiter)、愛称は「みお」
2018年10月に打ち上げられ、2025年12月に水星へ到着する…予定でしたが、村上さんによれば、2026年11月に変更となったそうです。

「今、通常の9割程度のエンジン出力しか出せない状態でして。水星近くで重力に引っ張ってもらい、軌道を変える“スイングバイ”を何回も行うのですが、最後の1年はほぼフルスロットルでようやく到着できる攻めた軌道計画でした。
なので、1年延期させることで確実に到着できるようにと」

そんな「みお」が目指す水星は、太陽にもっとも近く、太陽系でもっとも小さな惑星です。
村上さんによれば「水星・金星・地球・火星はみな岩石でできている地球型惑星」なんだそう。しかし、なぜ水星探査を…?

「金星と火星は、よく見たら地球と顔も似ているし、同じきょうだいと言われてもまだわかる。でも水星は、他の惑星とぜんぜん違うんです。だからこの子、どうやって生まれたん?そして、今なぜそうなったの?と」

水星のずっと昔の記憶を調べる理由――それは、私たちの住む太陽系第3惑星・地球がどう生まれ、どう育ってきたのを知る手掛かりになるからです。村上さんいわく「地球が生まれた40億年前の情報は、今の地球には残っていない」。
だから、成長過程で何かが起き、成長が止まってしまった水星を目指すのです。まだ生まれた時の“へその緒”が残っているかもしれない、それを探しに行く――と村上さんは今回の探査を表現します。

「4きょうだいの中で、今は地球と水星だけが磁場を持っています。磁場を持つには惑星内部のマグマがぐるぐると対流している必要がある。水星より大きな火星でさえ、もう内部が冷えて固まってしまったのに、なぜか水星にはいまだに磁場があるんですよ
かつては、水星にも磁場がないと思われていたのに。その磁場のルーツを調べるため、『みお』は外に漏れ出している磁力を調べます」

また、地球が持つ磁力はバリア(磁気圏)として機能し、太陽から来る太陽風を受け流すのに役立っています。

一方で水星は、地球よりも太陽に近いうえに磁力も小さいためバリアも弱く、太陽風の影響は甚大です。
例えるなら「台風の中、ボロボロのビニール傘で立たされているレベル」(村上さん談)だとか。水星がこの弱い磁気圏下でどんな影響を受けているのかを調べるのも「みお」のミッションなのです。

見た目より厄介な“水星ちゃん”

水星は地球から見て、金星を挟んだ向こう側。木星や土星といった地球の外側の惑星に比べれば、そんなに遠くないので調べやすいのでは?と素人は思ってしまうところです。しかし村上さんの話を聞いていると、「人類はまだまだ水星のことをわかっていない」事実に驚かされます。その主な理由は “重力”です。

たどり着くのがめちゃくちゃ難しいんですよ、水星は。太陽にごく近い水星は、太陽の重力も強い。だから地球から飛び出た探査機が、地球や太陽の重力に抗いながら水星の軌道に徐々に近づくには、ルーレットの玉が、回転が遅くなると少しずつ内側に入っていくように減速しなければならない。ただこの減速エネルギーは、太陽系を脱出する探査機と同じ、あるいはそれ以上のエネルギーを必要とします」

近いように見えて遠い惑星、水星――2022年放映のテレビアニメ『機動戦士ガンダム 水星の魔女』でも水星は過酷な辺境として描かれていましたが、その実情はもっとシビアなようです。だからこそ村上さんが「無理をしてでも行く価値がある」というように、惑星研究者たちはこの未知なる星に強く惹かれるのかもしれません。

実はこの水星探査プロジェクト、1997年に始まったもの。日本において検討中に、ヨーロッパでも同様の計画が進められていることがわかり、互いの得意分野を持ち寄ったコラボレーションが決まったのだそうです。
日欧初の共同プロジェクト「ベビコロンボ」は、2011年のNASA(アメリカ航空宇宙局)の「メッセンジャー」以来となる、人類初の本格的な水星探査に挑んでいます。

ちなみに「みお」というアイドルのような名前は、河川や海にて船が航行する水路・航跡の意味を持つ「澪標(みおつくし)」に由来するのだとか。そこには、これまでの探査機の研究開発の長い道のりを示すと同時に、水星までの航海の安全を祈る村上さんたちの思いが込められているのです。

惑星研究のきっかけはSF映画

村上さんが惑星を研究するきっかけとなったのは、なんとSF映画でした。

「『トータル・リコール』(1990年)という火星を舞台にした映画ですが、ラストに大どんでん返しがあって、主人公が助かります。生意気な子どもだった小学校5年生当時、それを観て『そんなバカなことがあるか!』と思ったんですよ」

ネタバレを承知で解説すると、主人公は最後、火星の地表に放り出されます。ご存じのとおり、火星の表面には酸素がないため大ピンチ。しかし、主人公はある装置を起動させます。すると、火星の北極・南極にあった氷河が融け、氷河の中に閉じ込められていた酸素は火星を一気に覆います。おかげで主人公は助かり、火星は人間が暮らせる世界に――ここに眼光鋭い村上少年は「そんなわけないじゃん!」と目を付けたのです。

「氷の中に酸素が閉じ込められていたなんて、都合が良すぎるだろうと。ちょうどその時、小学校で自分の好きなトピックをひとつ取り上げて、調べて新聞記事を書くという宿題が出た。なので、『自分はあのSF映画の嘘を暴いてやる!』と勢い込んで調べはじめたんです」

図書室で図鑑などを読んで調べた村上少年は、そこで衝撃を受けました。

「SF映画で言っていることは、あながち間違っていなかったんです(笑)。火星は今でこそ荒涼とした荒野のような世界だけれど、昔は海もあって地球みたいに大気もあった。生命もいたのかもしれないし、北極・南極や地下に氷があり、酸素が閉じ込められているかもしれない、とまで書いてあって『惑星ってすごいな、面白いな』とはじめて強く思いました

村上さんが受けたディープインパクトは、彼を宇宙の道へといざなうのに十分なものでした。宇宙に関する仕事――宇宙飛行士を含む――を目指すことを当時の村上さんが周囲に話していたのは、同級生から小学校の卒業アルバムの寄せ書きに「火星の石を持って帰ってきてね」と書かれていたことからも明らかです。

とはいえ、中学や高校時代は宇宙への探究にどっぷり漬かっていた…わけでもなく、趣味として天体観測に夢中になったり、宇宙を舞台にしたSF作品にどっぷりハマっていたりした経験もありません。ただ、常に村上さんの心の中のどこかには、“小宇宙”が存在していたようです。

「宇宙って、とてもおもしろいんですよ。誰もが知っているし、何なら今、僕らがいるのも宇宙です。はるか昔から人類が見上げてきたものだし、現代でも毎晩見上げられるとても身近なもの。でも当たり前の存在なのに、みんなよく知らなくて、謎も多い
すべての人類が共有できる興味・関心ごとなんじゃないかな。今ちょうど話題(※取材は2024年10月に実施)の紫金山・アトラス彗星だって、普段宇宙には興味がなくても、どうせこっちに来ているなら、見たいじゃないですか」

宇宙について語りだすと、もう目を輝かせて話が止まらない村上さん。

ただ、いざ「宇宙を仕事とする」には、多少の逡巡もあったようです。

逃げずに進むことでつかめるもの

「大学で進路のことを考えはじめると、周りは賢い人が多くて、みんな現実的なことを考えている。そうなると『宇宙って、あくまで夢の話だよね…』と思いはじめちゃう。僕も大学4年生のとき、一瞬そう思いました。当時は(博士研究者に安定した雇用先がない)ポスドク問題もありましたし」

JAXAは宇宙航空に関する基礎研究から開発・利用に至るまで携わる国立研究開発法人であり、ここで働く人は“みなし公務員”です。JAXAの中で働いているのは、宇宙飛行士候補者から村上さんのような教育職、技術系・事務系職員まで多岐にわたっています。

国の税金と寄附金でまかなわれるJAXAの事業ですが、莫大なお金がかかる宇宙事業に対して、決して潤沢な予算がついているとはいえません。それは当然、教職員の収入にも反映されます。村上さんのような引く手あまたの優秀な人材は、もっと高年収の仕事を選んでもおかしくはないのです。

「たくさんの選択肢がある中で、JAXAという選択肢を選ぶ理由。それは宇宙に興味があり、その興味を持ちつづけられるかどうかに尽きると思います。信念というか…本当に強くやりたいと思うことがあれば、あとは踏み出すだけなので」

「どんな道に行くにも、その通り道ごとに振ってくる課題や学ばなければならないことがそれぞれ出てくるから、それをひとつずつクリアしていくことになるんですが、その原動力は『この先にやりたいことがある』という気持ちです。原動力がないと本当にもたない。僕はその気持ちが明確にあったので、割と順調でした――そもそも『迷う』ことって、すごくエネルギーを使いますよね。だから僕は、あまり迷わないように自分を制御していたところはあります」

実は大学4年生のとき、先輩から「宇宙分野は、仕事ないよ」とささやかれて一瞬迷った村上さん。
地球惑星物理学科に在籍していたので「無関係ではない」という理由により、気象予報士の勉強を始めたこともあったそう。しかし――。

「気象関係なら中央省庁で働けなくもないし…とちょっと迷ったんですけれど『ええい、迷うな。やはり宇宙だ。これでやらなかったほうが絶対後悔するぞ。やってダメなら自分で決めた道だから納得がいくし』と、迷いを断ち切りました。やっぱり、やらずに終わるのは嫌だったので。確かに信念を貫ける人って、なかなか少ない。でもJAXAにいる人たちは、貫いた人たちがかなり多いと思います」

「これをやれば間違いない」という答えなんてないのが人生。行き先を自分で決めて、自分の足で歩んでいる村上さんの笑顔は、とても晴れやかに見えました。

未来の仲間に、目一杯の祝福を

とはいえ親心としては、寝ても覚めても宇宙を好きな自分の子どもが「宇宙飛行士になりたい」とか「JAXAで働きたい!」と夢を語りだしたとき「それよりもまずは受験勉強を」と言ったり、つい安定して高収入の仕事へと誘導してしまうかもしれません。村上さんも子を持つ親のひとりとしてその心情を理解しつつ、こう言います。

「宇宙関連のイベントをやっていると、子どもたちはもうキャッキャと喜んで『どうしたら先生みたいになれますか』と聞いてくれるんです。僕はそんな子どもに『今のその気持ちが大事だよ』と言います。そして保護者の方に向かっては、何かしらのサポートになるように『子どもの気持ちにブレーキをかけないで、精一杯応援してあげてください』と伝えています」

「今の世の中は、何かひとつのものを目指すともう後には引けなくなる社会ではないし、後でいくらでも転職できるようになった。仮にその道に進めなかったとしても、別に親として『私があのとき、もっと止めてあげれば…』なんて思う必要はない。子どもが強い思いを持って進んで得たものは、この先何をするにも生きるので、決してムダにならないですよ――と」

 

思えば、JAXAの固体燃料式小型ロケット「イプシロンS」の開発試験中に不具合が発生して中止となったとき「それは一般的に見て失敗では」「税金のムダ遣い」といった批判的な声もありました。しかし、失敗は成功の母。その失敗はムダではなく、次の挑戦を生むエネルギーです。

村上さんたちが取り組んでいるのは、数十億年前に生まれた惑星の記憶をたどるため、数十年かけて探査機を開発すること。研究成果が出るのは、打ち上げからおよそ十年後――。実に時間のかかる仕事です。しかもワンチャンスのみ。でも、その成果は地球の謎を解明し、人類が抱える課題を解決に導くかもしれません。

村上さんの水星探査の話を聞いていると、私たちはいつから「最短で仕事を片付けるよう生産性を上げる」ことや「子どもにはとにかく失敗しないように生きてほしい」ということばかりに囚われ、そのものさしで人類の未来を切り拓く研究を判断するようになったのだろう…と思わされます。

 

村上さんは「子どもの受験勉強は確かに大事ですが…」と言います。

「受験勉強できることが重要な能力なのではなく、自分の興味に引っ張られて、自分で動く力こそ大事なんだと思います。興味さえあれば自分で勉強するわけですし、それを理解するためには、さらに勉強しなければならないのだから。そのプロセスを突き詰めた経験が多ければ多いほど、将来に役立つでしょう。

僕らでさえ、仕事で普段使っている知識も中学~大学までで教わったことのごく一部でしかなく、反対に言えば、新しいことを今でも勉強しなければならないんです。いや、僕は好きなものをより楽しむために、今も勉強しつづけているといったほうがいいかもなぁ

 

宇宙ビジネスが盛り上がり、人が宇宙旅行できるようになったり、宇宙に住めるようになったりというストーリーがいよいよ現実味を帯びてきた昨今。しかし、少子化の時代においてJAXAも例にもれず、人材不足にあえいでいます。特に研究者界隈は苦境に立たされており「優秀な人が研究の道から離れていってしまう」とさすがの明るい村上さんも、眉をひそめます。

しかし、彼はあきらめていません。宇宙に夢中だった小学生が中学校や高校に入り、いつのまにか宇宙とは違う道を選んでいくのを食い止め、JAXAを”現実味のある進路“として考えてもらうために、いろいろなPR活動に力を入れているのです。

例えば、YouTubeやポッドキャストで配信したり、

あるいは「前前前世」を替え歌にして本気で演奏したり…。

「STEAM教育のS(Science)の根っこにあるのは自然科学の“自然“であって、とても身近にある興味・関心の対象ですよね。子どもは放っておいても昆虫や宇宙に興味を持ちますが、大事なのはそれをどう伸ばしていくか。その興味を学びにつなげていくことに関しては、大人が何かの教材を与えたり、教室に通わせたりしてアシストする。それだけで、しっかりと子どもの原動力になって、あとは勝手に吸収していくはずです。

なんせ、そうやって勝手に成長した僕みたいな例がここにいるので(笑)。そこらのアンチャンみたいなあんな人間でも、JAXAでやっていけるんだって子どもたちに思ってほしいんですよね」

 

親が描いたイメージの中で、子どもを縛り付けたくない。宇宙が好きな我が子には、宇宙に負けない広さの視野を持って、大きな夢を実現してほしい。そんな保護者の方は、まずは子どもと一緒にJAXAの相模原キャンパスを訪ねてみるといいかもしれません。

相模原キャンパスはロケットの実機模型があり、宇宙科学探査交流棟の展示も充実しています。交流棟に足を運べば、大きな目を輝かせた村上さんら研究者たちが、未来の探究仲間を迎えてくれるでしょう。きっと、目一杯の祝福をしてくれるはずです。

取材・執筆:スギウラトモキ

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