大林組・新述さんが宇宙エレベーター研究をしながら考える「未来の仲間像」
2024/08/05
宇宙は、遠い昔から、子どもも大人もみんなが夢中になる未知の世界。映画やアニメ、実際の宇宙の映像を観て、宇宙飛行士として無重力空間で生活したり、月面旅行へ行くことを夢見たりした人は多いはずです。
そんな宇宙へ行く手段として最初に思いつくのはロケットですが、ロケットの打ち上げは大変そうだし、それに乗っていくのもつらそうです。すると、宇宙へ楽に行ける「宇宙エレベーター」なるものを研究している日本の会社があるのだとか。あのエレベーターで、宇宙に行けるって本当?そもそも、どういう仕組みなの…?
ここは大林組の新述隆太さんに、詳しく話を伺ってみましょう。
<PROFILE>
新述隆太(にいのべ・りゅうた)さん
株式会社大林組
技術本部 未来技術創造部 主任
1993年生まれ。埼玉県出身。大阪大学理学部物理学科卒業、同大学理学研究科宇宙地球科学専攻修了。2019年に株式会社大林組に入社し、都内工事事務所にて施工管理に従事。2020年4月に技術本部技術研究所に異動、2022年4月から現職。趣味はウェイトトレーニングやスノーボードなど。
日本の建設会社が宇宙を目指すわけ
「今は筋トレに夢中ですが、筋トレをしているときは『宇宙飛行士になりたいなあ』とか考えています(笑)」
がっちりした身体でこう語るのは、新述隆太さん。新述さんは、大林組の技術本部 未来技術創造部に所属する若き研究者です。
大林組は、130年以上の歴史を持つ建設会社です。日本でもトップレベルの規模と技術を誇り、東京スカイツリーやユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)のほか、東京湾アクアラインや明石海峡大橋など、さまざまな大型建築・土木構造物を施工してきました。
そんな大林組で、新述さんは宇宙エレベーターの基礎研究に携わっています。宇宙エレベーターとはなかなか聞き慣れないものですが…?
「ひとことで言うと、地上と宇宙空間をつなぐ、ケーブルカーです。一般的なエレベーターは重りが付いていて、その重りのアップダウンで昇降するものですが、この宇宙エレベーターはケーブルを車輪で噛み、垂直に上っていく仕組みです」
「宇宙に行く」と言えば――ロケット。そう思っている人がほとんどのはず。たしかに、1961年にロシア連邦(当時はソビエト連邦)が有人宇宙飛行を成功させて以来、現在に至るまで人間が宇宙へ行く手段は、ロケットのみです。
60年代に比べ、今ではロケットが宇宙へ打ち上げられることは、決して珍しくはなくなりました。これまで10名以上の日本人宇宙飛行士も誕生しましたし、かつてアメリカが打ち上げていたスペースシャトルに魅了された世代の方も少なからずいるのではないでしょうか。最近では、起業家のイーロン・マスクが立ち上げたスペースXによる民間大型宇宙船「スターシップ」の研究開発も話題です。
とはいえ、ロケットはたくさんの課題を抱えています。代表的なものは、一発勝負の打ち上げに多大なリスクを伴うこと。打ち上げには地球環境を汚染する物質を排出し、失敗すれば人命が失われるリスクがあります。またロケット打ち上げには1回100億円ともいわれる費用や数ヵ月の準備期間がかかる一方、失敗するときは一瞬です。さらに、ロケット打ち上げには高度な技術力が必要となります。日本のロケット打ち上げ技術は世界的に見て高いほうですが、それでも近年、打ち上げ失敗のニュースを耳にすることも…。
これらの課題のほとんどを解決するのが、宇宙エレベーターです。人間を安全に、なおかつ安く宇宙へ連れて行ってくれる宇宙エレベーター。実は100年以上前から存在するアイディアであり、SF(サイエンス・フィクション)の世界では定番だったのです。
では、どうやって宇宙エレベーターを作るのでしょうか。
宇宙へつながる“カーボンナノチューブ製の豆の木”
宇宙エレベーターは、実はとてもシンプルな仕組みでできています。
先端に石を括りつけたひもを振り回すことを、想像してみてください。あるいは、陸上競技のハンマー投げでもいいでしょう。自分がひもを引っ張る力と、鉄球が外に飛んでいこうとする遠心力によって、ひもはピンと張るはず。
この状況を、地球の重力と、ケーブルの先端に接続したカウンターウエイト(重し)の遠心力によって再現するのです。そしてケーブル上に、「静止軌道ステーション」や「低軌道衛星投入ゲート」という“駅”を設け、地上の「アース・ポート」という発着駅からエレベーターが進んでいくことになります。
具体的な作り方としては、まずロケットを数回打ち上げて部品を運び、高度300kmの低軌道上で宇宙船を組み立てます。次に宇宙船を高度36,000kmの静止軌道上へ移動させ、地球の自転のスピードに合わせます。
宇宙船は、ケーブルを地球側に放出しながら、高度を上げていきます。ロケット打ち上げから約8ヵ月後には、ケーブルの端が地球に到達。同時に宇宙船は高度96,000kmで留まり、カウンターウエイトとなります。
その後は工事用ケーブルカーが約510回も稼働し、ケーブルを補強。太く頑丈になったケーブルを使って施設建設のための資材を運搬し、静止軌道ステーションや研究施設などを建設していくのです。
なお、見た目は地上から天空に向けて垂直にまっすぐ立つケーブルを登るため、新述さんが言うところのケーブルカーには、「クライマー(岩登りをする登山者)」という名前が付けられています。
問題は、このひもの役割を果たすケーブルでした。96,000kmもの長さでは、みずからの重さでケーブルが切れてしまいます。このケーブル問題が解決しない限り、宇宙エレベーターは空想の世界の産物にすぎません。しかし1991年、カーボンナノチューブという軽くて強い素材が発見され、宇宙エレベーター実現ががぜん現実味を帯びてきたのです。
この建設構想の元ネタ、実は大林組の広報誌『季刊大林 No.53』(2012年)に掲載されたもの。今から12年も前に企画されたアイディアについて、新述さんたちは探究しているのです。ところで、なぜ大林組が宇宙エレベーターの研究をするのでしょう。そもそも、大林組は建物や橋、トンネルを作る会社なのでは…?
素朴な疑問に対する新述さんの答えは、とても明快でした。
「建設会社は、人が住む空間を作ることが一番の目的です。だから今、人間が宇宙を目指している中で、安定的に宇宙に住むようになったとき、必ず建設会社の出番はあると思っています」
いつか人は宇宙に行き、やがて人が住むようになる――その前提の下に、新述さんたちは日夜、基礎研究を進めています。
宇宙エレベーターに東京スカイツリーの技術を
新述さんは6、7歳の頃に図鑑を読んで、宇宙というものに興味を抱いたのだそう。
「きっかけは図鑑で見た惑星ですね。その後、親に望遠鏡で土星の環を見せてもらって『すごい!』と思いました。それ以来、宇宙のことはずっとぼんやりと頭の中にありました」
その後、大学では理学部を選び、物理学を専攻します。このときは、そこまで宇宙のことを意識していたわけではありませんでした。むしろ、子どもの頃には空手にハマっていたのだとか。
しかし、より専門性の高いことを学ぶため大学院へ進学するとき、引き続き物理学を学ぶか、あるいは地球そのものを研究対象とした「宇宙地球科学専攻」へ進むかという選択に迫られます。そこで、新述さんの内に秘められていた “宇宙”がはじけました。
「地球や宇宙について学ぶのって、ロマンがあっていいなあ、と(笑)」
こうして宇宙地球科学専攻で学びだした新述さん。「今まで学部で学んできたこと以上にいろいろな知識が必要で、大変でした。専門性が深まっていく一方で、世界が広がっていく印象もありましたね」と当時のことを振り返ります。
かくして大学院を修め、大林組に入社した新述さんは、宇宙関連事業を担当するメンバーや研究所のメンバーを含めた約15名のチームの一員となりました。新述さんの研究テーマは「宇宙エレベーターに対する雷の影響」です。
「東京スカイツリーを建てるとき、落雷の影響はすごく懸念されていました。あの高さの構造物にもなると、雷が横からも直撃するので」
大林組が建設した東京スカイツリー(高さ634m)は、実は雷の観測拠点でもあります。落雷が非常に多く、建設時には落雷による事故が危惧されていたそうです。そこで作業員を安全に避難させるために、大気の状態から雷の発生を予測する「雷警報システム」(後のカミナリウォッチャー)なる装置を作ったのだとか。そんなノウハウを、宇宙エレベーター建設に活かそうというのです。また、クライマーや宇宙空間の放射線環境などに関しても、それぞれの分野に詳しい大学や企業などと連携し、共同研究を進めています。
宇宙エレベーターによって、「かなり遠くの惑星まで行けるようになるはず」と新述さんは言います。
「例えば、地球上からロケットを打ち上げて火星へ行こうとすると、重力や空気に逆らって発射するエネルギーが膨大過ぎて、片道分の燃料しか積めないんですよ。宇宙エレベーターが実現すれば、宇宙空間の火星連絡ゲートからロケットを放出することができる。とても効率的になると思います」
大林組は、仮にアース・ポートの建設工事を2025年に開始した場合、2050年には完成すると見込んでいます。
「今の子どもたちが30代になる頃には、宇宙が旅行の選択肢のひとつになっている――そんな社会になっていればいいなと思います」
宇宙の勉強は体力も必要?
宇宙に憧れる多くの子どもが将来なりたいものとして挙げるのは、おそらく宇宙飛行士でしょう。宇宙飛行士に限らず、ロケットの開発や宇宙エレベーターの研究など、宇宙に関する仕事に携わるには、どんなことを学べばいいのでしょうか。新述さんに聞いてみました。
「宇宙は、すごく総合的な知識が必要とされる分野です。だから、日頃からいろいろなことに興味を持っていくのがいいのかなと思います。最近よく言われるSTEAM教育の“A”もArt(芸術・リベラルアーツ)なので、幅広い教養を身につけたほうがいいですね」
そんな彼に「子どもの頃にやっておけばよかったことは?」と聞くと、「プログラミング」だそう。
「プログラミングについてはまだ素人に近くて、私はまだ簡単な数値計算ぐらいしかできない。もっと高度なシミュレーションをするのにはプログラミングの知識が必要なので、いまゼロから学んでいるところです」
また、STEAM教育の“S”であるScience(科学)ももっと小さい頃から学んでおけばよかったな…と新述さんはこぼしました。物理学や地球科学を学んできた理系の技術者の発言としては意外に思いますが、「『電気を通すことによってモノが自動で動く』といった基本的な仕組みを大人になってあらためて勉強したら、ようやく理解できた部分もあるし、一つ理解できれば、そこに関連する部分もどんどん頭の中でつながっていく」のだとか。宇宙分野の幅広さと奥深さが垣間見える話であり、またいくつになっても勉強しつづける姿勢が必要なのだということがわかります。
ちなみに、冒頭の筋トレは、彼が今ハマっているもののひとつ。子どもの頃は空手を続けていたこともあって、身体を鍛えることで培った体力は、地道で忍耐力のいる基礎研究を続ける上での底力として役立っているそうです。
「私が受けたのは“STEM教育”で、今はSTEAM教育になりましたが、最近 “STEAMS教育”というのもあるそうです。この最後の“S”はSports(スポーツ)のS。でも、身体づくりもすごく大事だと思います。苦難を乗り越えた先には、昨日できなかったことが今日はできるようになっていて、成長した自分がいる。そう想像すれば、もっと頑張ろうと思えますね」
「健全な精神は、健全な肉体に宿る」という言葉を体現するかのように、しっかりした体躯からは想像できないほど柔らかい微笑みを浮かべながら、新述さんはそう話すのでした。
まだ見ぬ“宇宙仲間”との仕事を楽しみに
今から10~20年後、宇宙産業の市場規模は現在の2、3倍の規模になり、世界の建設業の4分の1ぐらいのレベルに達すると言われています。それだけ「宇宙関連の仕事」は、大きな可能性を秘めているのです。
大林組も宇宙エレベーター以外にさまざまな研究を進めており、例えばロボットアームを使って月面の砂をレンガ状のブロックに加工するなど、まるで「ドラえもん」の世界のようなことを実現させようとしているのだそう。
そんな新述さんにとって、今の仕事のやりがいとは?
「宇宙エレベーターってまだはてしなく先の技術ですが、実験や解析を繰り返して、一歩ずつ実現に近づいている感覚に達成感を感じますね」
とはいえ、時には「解析をしていて、想像とまったく違う数値が出てきたときにはうんざりします」ということもあるそうで…。未知の技術をモノにするのは、決して容易なことではありません。それでも、何かに夢中になった経験がある人は強いのです。
「個人的な経験の話で恐縮ですが、ロボットでもプログラミングでも、好きなことにすごく熱中した経験って忘れないし、その下地となった部分は、なかなか失われないと思うんです。仮に受験勉強で一時的に好きなことから離れても、切り替えて受験にしっかり熱中して、それが終わってから、またロボットやプログラミングのような好きなことに熱中すればいい。勉強も運動もしっかり頑張って、一緒に宇宙という広いフィールドで戦ってくれる子どもが、どんどん出てきてほしいですね」
笑いながらそう語る新述さん、実は今回が初めてのインタビュー取材でした。堂々と落ち着いて受け答えする姿は何とも頼もしい限り。ちなみに大林組では、新述さんのような若手にスポットライトをどんどん当てるようにしているのだとか。彼に限らず、成長産業である宇宙について学び、また学んでいける人材は、これからますます注目を集めていくことでしょう。
さてさて、新述さんが携わった宇宙エレベーターを出発し、最初に惑星に到達するのは、いったいどんな子どもなのか――。
まだ見ぬ未来の仲間に向けて「宇宙で会おうぜ!」。新述さんは、熱いエールを送ってくれました。
取材・執筆:スギウラトモキ
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