京都大学・樋口雅一氏に聞く「教えず育む教育:ミライを創る自由の場」|こども教育総合研究所
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京都大学・樋口雅一氏に聞く「教えず育む教育:ミライを創る自由の場」

2019/10/31

ユニークなメガネと軽快なトーク―。
京都大学で特定助教として活躍されている樋口雅一先生は、京都大学の研究拠点「物質―細胞統合システム拠(iCeMS―アイセムス)※」で特定助教として新たな物質の開発をしながら、大学のみならず企業の方々の大学装置を使った研究のサポートを行う解析センターのマテリアルズ部門の責任者でもあります。また、大学の技術を事業化するスタートアップ企業「株式会社Atomis(アトミス)」の創業と技術的サポート、クイズをベースとした講演など、多岐に渡り活躍されています。
9月にはNHKの国民的人気番組『チコちゃんに叱られる!』にも出演されており、気になった方も多いのではないでしょうか。

印象的な出で立ちと豊富な知識で人々を魅了する、樋口雅一先生のお話を伺いました。

※iCeMSは、細胞科学と物質科学を統合した新たな学際領域を創出する京都大学の研究拠点です。


樋口氏のご紹介

樋口雅一(ひぐち・まさかず)氏
1999年、京都大学工学部工業化学科卒。2005年、同大学院工学研究科修了。東京大学特任助教などを経て2010年から京都大学高等研究院物質―細胞統合システム拠点特定助教。
2015年、京大発スタートアップ企業株式会社MaSaKa-NeXT(現:株式会社Atomis)を創業し、新規産業の創出に取り組むかたわら、京都市右京区の東映太秦映画村などで、小学生を対象にクイズ形式の講演会を実施するなど、サイエンストピックや起業の情報発信に積極的に取り組んでいます。

―いろいろとお話を伺いたいのですが、先生のかけられているメガネが気になります(笑)。

これはこれからの科学を表現した「科学合体メガネ」なんです。科学の各分野を象徴するミジンコ(生物学)と三角フラスコ(化学)、リンゴ(物理学)をかたどっています。ニュートンが発見した重力を象徴するリンゴを、ミジンコがかじってから、フラスコにダンクシュートするという異なる科学の合体の瞬間をとらえた衝撃イメージメガネです(笑)。

―衝撃的ですね(笑)。これからの科学を表しているとはどういうことでしょうか?

私の所属している京都大学アイセムスの研究を現しているんです。2007年に世界で初めての物質科学と細胞科学の専門家が集まってできた研究拠点で、異分野融合の新しい科学を生み出すところです。このメガネを作ってから、伝えたいことはメガネにするといいんじゃないかと思って、他のメガネも作ってみました。ランキングメガネ、対極メガネ、PCPメガネです。

―こんなにメガネが(笑)。アイセムスは世界の中でも新しいことをやられているのですね。京都大学といえば、先日のノーベル化学賞では、京都大学卒の吉野彰氏が受賞されました。京都大学はノーベル化学賞の受賞者を大勢輩出されていると聞きますが、その秘訣はどこにあると思われますか?

ノーベル賞受賞の秘訣ですか?僕はノーベル賞とっていないのでわかりませんね(笑)。ただ、おそらく、そのような賞に繋がる理由として、自由に発言できる、行動できる場が京都大学にあるというのが挙げられるのではないでしょうか。

伝えたいことを表現したオリジナルメガネ。

―なるほど、京都大学が自由な学風というのは聞きます。何か実際に京都大学で体験した自由なことはあるのでしょうか?

私は化学が専門で、4回生の時に研究室に入って実験を始めたのですが、現在までの京都大学での研究生活で、「これをやりなさい」と言われたことがありません。自分の意思を尊重してもらえるというか、自由でした。20年以上前の話ですが、私の友人は、研究室に入って、1週間くらいで勝手に研究テーマを変えていましたね。理由は、難しいからとかではなく、“他の人も同じようなことやっていて、おもんないから”でした(笑)。

―そんな自由なお友達がいると面白いですね。今の学生さんも同じなのでしょうか?

そうですねぇ、最近、面白い京大生と知り合ったので、どうして京都大学に来たのかを尋ねると、答えは「自分のやりたい事がやれて、周りの人がほっといてくれるから」でした。今も昔も変わらず京都大学の自由な学風を知って、学生が集まり、大学内でさらに自由さ、身勝手さ?(笑)に磨きがかかるのでしょうかね。最終的に、このような自由な場がノーベル賞に繋がっていく、のかもしれませんね。

―素晴らしい先生方や先輩方も多くいらっしゃると思いますが、友達からも刺激を受けそうです。

そうなんです。先生の教えももちろん大事なのですが、同世代で考えたり、悩んだり、話し合ったりする時間ってすごく大事だと思います。私の周りの先生方も、若い時の友だちの存在の大切さを仰っていました。友だちが間違えたところをノートにまとめていたのを見て、気づきを得たというエピソードを聞いたことがありますし、いろいろな出会いがあるなかでも、友だちの存在は大きいのだと思います。
また、「同世代が刺激し合える自由な場」の大切さを自分の経験や周りの方々のお話から痛感します。ただ、学校などをみると、最近はそのような場が少なくなっているような気がしています。「こうしないといけない」や「数多くの人がこれが良いと言っているから良い」などが多くないでしょうか?なので、せめて僕の講演会では、なんでも言える、できるだけ自由な場を創ろうと奮闘しています。

―樋口先生の講演会は、クイズ形式で参加した子どもたちに答えてもらいながら進められていて非常にテンポ感があり、とても自由だと思います。

ありがとうございます。学校の先生方が生徒たちに“間違えてもいいんだよ”というメッセ―ジを出したりしますが、僕は少し変化させて“間違えた方がいいんだよ”って。講演会に来てもらえれば分かって頂けると思います(笑)。発言の内容は二の次で、行動を起こすこと自体が大切なんですね。考えて動く、動いて考える、実はどちらも大切なんです。知識が増えれば増えるほど、動きにくくなることがあって、そういう時は動いてから考えることも大事なんです。バランスですね。
また、講演会ではいろいろな人が発言する機会をつくることで、同世代の考えを知るきっかけにもなります。自分のなかにある考えだけが答えじゃない、いろいろな考えがあるんだということを知ることもめちゃくちゃ価値のあることです。答えはみんながつくるもの、そういう時代が来ていると感じます。

2019年6月に港区で開催された「好きを見つける科学ドキドキ実験教室」での様子

あるときの講演会で「これ知ってる人〜?!」と聞くと、毎回4~5歳くらいの女の子が手を挙げるけれど、後ろで見ているお母さんが「いやいや、知らない知らない(苦笑)」と首を振っている(笑)。でも、それは正解・不正解ではなく、その子は知っていると思っていたんですよ。「知ってるよね~」と、その子に何回か問いかけしていたら、帰り際に僕のところに来て「大好き!」と言ってくれました。この女の子の心の中の全てはわかりませんが、認められたことが嬉しかったのだと思います。その子とお母さんが家に帰ってどんな会話をしたのか、何か変化があったのであれば、嬉しい限りです。

―なるほど。その女の子のような体験ができる場は少ないですし、日本の教育はその子がどう思うかや得意なところを伸ばすより、平均的に色々できる方が良いという傾向がまだまだ強いように思います。

私もそう思います。最近、あるお母さんからイギリスの中学校に通っていた息子さんの話を聞き、日本との違いに改めて驚かされました。イギリスの中学校ではその息子さんに合わせて良いところを先生や友達が認めてくれて伸び伸び学校生活をおくり学ぶことができていたらしいんです。でも、帰国後の日本の中学校ではテストの点数が悪い教科を頑張らないといけないと先生に指導され、その息子さんは勉強ができないと自分の将来がないような感覚に襲われてしまった、ということでした。周りに認められ、自分は自分でいいんだという所からスタートするのは、その後の学びへの姿勢にとっても、非常に大切なことだと思います。最近、非認知能力という言葉が言われ始めていますが、”自分は自分らしくていいんだ”というのが全ての始まりだと思いますね。

―親子の話は実体験なので、違いがよくわかります。日本の中学校のお話は、よく聞く話のように思いますね。

20歳くらいまでの学びの場って、社会に出るまでの準備をする場所ですよね。日本の学びの場では、不得意をつくらず、平均的で、他の人と違いのないことが求められる雰囲気があるのに、社会人となれば、他の人と違うことが求められることが多いと思うのです。人と違うアイデア、人と違う商品開発、多くの人を率いるグローバルリーダーなど。日本の教育のいいところもたくさんあるのですよ。バージョンアップして、時代に合った教育に早めに変えていった方が良いと思います。

―どのように変えていけば良いのでしょうか?

僕たち大人は“場をつくること”に徹した方が良いと思います。極端に言うと「教えない」。1+1=2を教えない、ということではないです。この計算は教えないといけないです(笑)。ただ、ある時期に「十進法ではね」と伝えることは自ら考えることのキッカケになると思います。教えすぎないことで、子どもたちが自分で考える時間ができますよね。
子どもが自ら手を伸ばして「やりたい」というのがスタート地点にあれば、その後の成長が格段に違うと思います。実は、クイズ形式の講演は、大人の企業の方々にも行なっていて、感想で「私にもこんなにワクワクする気持ちが残っていたのだと驚きました」と。もしかすると、今の時代、子どもも大人も求めているものは同じのかもしれないと思ったりしましたね。

ドライアイスに液体窒素をかけて実演する様子

―子どもだけでなく大人にもこのようなユニークで新しい活動を精力的にされていますが、なぜ樋口先生はこの活動をしようと思われたのですか?きっかけや転機などがあればぜひ教えてください。

”これがキッカケ!”というのはないんですね。40才になるまでの色んな出来事がキッカケ、といったところでしょうか。自分が変わるいくつかのキッカケとしては、ネットか本かで「限界は自分の中にしかない」って言葉を知ったり、若い時に何かに熱中したり体験するのが大事だなぁと気付いたり、小中高の時に「トイレ掃除をすることが大事」と教わって、大人になった今ほんとに大事だと感じるようになったり、お世話になった先生や友人の死に直面して命に限りがあり人生がいかに尊いかを考え出したり。最近だと、ご存知の方も多いかもしれませんが、瀧本哲史さんという京都大学の客員准教授の方で、私がスタートアップ企業を始めるキッカケを作ってくださった方が亡くなられて、より一層生きるとは何かを考えることとなり、色々な出来事がキッカケとなっていますね。

―瀧本哲史さんがキッカケで始められたスタートアップ企業について少し教えて頂けないでしょうか。

会社を作る前の、2014年に瀧本さんと出逢って、僕の扱っている材料を社会で役立てたい想いを伝えたところ、「私が投資しますので、日本を変えましょう!」と。大学一回生の時の友達3人が40才過ぎて集まって2017年に本格的に動き始めました。会社の名前は、株式会社Atomis(アトミス)と言います。
化学をやっている人で知らない人はいない材料、大げさに言いすぎましたかね(笑)、PCP(ピーシーピー)とかMOF(モフ)と呼ばれる材料を使っておもろいことをしようと頑張っています。一つ紹介すると、世界のボンベを変えようというのがあって、CubiTan(キュビタン)という名前で、インターネットに繋がる四角いボンベを開発しています。普段はもちろんですが、ドローンで運べて災害の時などに便利だったりしないかと考えています。

 

アトミスで開発中のCubiTan (キュビタン)

―アトミスとはどういう意味なのでしょうか?

古代ギリシャ語で気体という意味の言葉からとっています。逆から読んだら、ローマ字で「しもた」となります。「しもた!そんなおもろいビジネスがあったんか!」とか「自分たちが”しもたー!”ってならんように頑張ろう」などの意味が込められています(笑)。PCP/MOFという材料は、先日のNHK番組のチコちゃんに叱られる!でも紹介させて頂きましたので、ご興味あれば調べて頂ければと思います。今は”教えない”ようにしたいと思います(笑)。

―PCP/MOF、調べてみたいと思います(笑)。最後に、今の子どもたちに必要だと思うことを教えてください。

子どもたちに必要なことは、親からの注ぎ続けられる愛情でしょうか(笑)。あと、「自分の頭で考え続ける」のが大事で、そうすることで「ミライは自分で創れる」ということを知ってほしいですね。「みんなが言っているから」ではなくて、まずは「自分はこうだから」でいいということ。細かな能力や身につける技術などは正直なところ、わかりません、一人ひとり違うと思うので。プログラミング、人工知能、自動運転、宇宙開発など社会の変化も早く、〇〇を学ぶのが良いとか〇〇が必要だ、など言えないですね。自分に必要なことは、本やネットや講演会などで教えてくれるわけではないので、自分で見つけていって欲しいと思います。大人ができることは、子どものための自由な場作りで、親ができることは人生を楽しんでいることを見せることでしょうか、人生は壮大な山あり谷ありの楽しい冒険だと。僕の講演会に来て頂けるなら、僕を見て、「こんな大人でも生きていけてるんだから人生どうにかなるなぁ」と思ってもらうのもいいかもしれません(笑)。

「子どもの「やりたい」がスタート地点にあった方が、その後の成長が格段に違うと思います」と樋口先生。

理科好きの子どもたちを育てるSTEM教育プログラム|サイエンスゲーツ

サイエンスゲーツは、年長から小学校低学年向けの科学の習い事教室です。
子どもたちが科学を好きになることを目標としており、幼少期のうちに科学のさまざまな体験をすることで子どもたちの知的好奇心を引き出します。

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