「ガンプラ」はものづくりから“価値づくり”へ。BANDAI SPIRITS・松橋幸男さんの次世代への期待
2026/01/09
製品や部品をつくる仕事、それが「ものづくり」です。しかし現在、ものづくりの現場でも人手不足が叫ばれています。
そもそも、大量消費社会では当たり前にものが製造されて購入できるため、日々の暮らしの中で、ものづくりをする人へ思いを馳せる機会は少ないのかもしれません。
それでも…熱量が込められてつくられたものは、必ず人の心を揺さぶります。我が子が勉強そっちのけで、ロボットづくりやプラモデルづくりに夢中になっているとお嘆きの保護者の方。これからは、ロボットもプラモデルでも「誰がどんな思いでつくったのか」が重視され、ロボット自体のみならず、それを生み出した人が“価値”となる時代が到来するかも――。
ガンダムシリーズのプラモデル「ガンプラ」を製造するBANDAI SPIRITS。その拠点でものづくりを統括する松橋幸男さんに、ガンプラとそれをつくる人への思いを語っていただきましょう。
株式会社BANDAI SPIRITS
ホビーディビジョン ホビーマーケティング部 兼ホビークリエイション部
デピュティゼネラルマネージャー
松橋幸男(まつはし・ゆきお)氏
2003年株式会社バンダイ入社。キャラクター玩具の開発を経て、中国のBANDAI(SHENZHEN) CO., LTD.に駐在。2015年に帰国後、ガンプラの開発・生産に携わる。
ヒーロー系玩具で学んだものづくりの“価値”
松橋さんは1980年生まれ。奇しくも、ガンプラと同い年です。では、ガンプラとともに育ってきた生粋のプラモデル少年かと思いきや…「その期待に応えられない回答で恐縮なんですが、僕は基本的には野球少年でして」と苦笑い。
松橋さんはテレビのゴールデンタイムにプロ野球中継が放映されていた時代に育ち、周囲の仲間と同様に野球に夢中になっていました。それにプラモデルなどのおもちゃを買ってもらって遊ぶよりも「そこら辺に落ちている棒や、よくわからないガラクタで勝手に何かを想像しながら、おもしろい遊びを創る」(松橋さん談)、そんな少年時代を過ごしていたのです。
おもしろいものを追求していきたい――。そんな性分の彼が就職活動を迎えたタイミングで偶然出合ったのが、バンダイ(※)という会社でした。
※プラモデル事業は現在、BANDAI SPIRITSが展開しています
「人生においては、けっこう長いあいだ働きますよね。その働く時間をできるだけ楽しくしたいという思いを抱いていろいろな会社説明会に参加していて。『玩具メーカーもいいな』と思っていたのですが、一番おもしろそうだったのがバンダイでした。そういえばこのとき、不思議なことに家にガンプラがあったんです。僕は組んではいないけれど…たぶん父親のものでしょう(笑)」
楽しそうに面接時を振り返る松橋さん。
「面接はおもしろかったです。グループ面接では他の候補者も個性的な人ばかりで、質問にそのまま答えないどころか想定を超えた回答をするし、そうかと思えば面接官もそれをもっと超えようと、変な質問してくる――という競い合いの場みたいになっていて(笑)。大切なのは、それがおもしろいと感じられるかどうかだと思います」
「僕が受かったのは、運が良かったから」と冗談めかして語る松橋さんは、かくしてバンダイに入社。『スーパー戦隊シリーズ』や『仮面ライダーシリーズ』『ウルトラマンシリーズ』といった王道の男の子向け玩具を担当し、企画や開発に長く携わります。
「開発では、玩具の“価値”を徹底的に教え込まれるんです。そもそも、おもしろい玩具を企画すること自体がすごいこと。でもその玩具が1万円だったら、子どもには簡単に買えないものになってしまう。バンダイではそのおもしろさを失わずに、3,000円で子どもたちにどうやって渡せるのか、開発陣は削ぎ落とすところを考えます。試作品ができたらぜんぶバラバラに分解して『色は何工程塗るか』とか『どこをどうオミットするか』といった、コストと品質のバランスを――。
でも、子どもは直感的に見ておもしろいか、おもしろくないか。それしか見ていないですよね。だから我々としても子どもには絶対に伝えたいところ、削ぎ落とすところを切り分けながら検討していました。おもしろさも値段も品質も、すべてが“価値”につながるものですから」
ヒーロー系の玩具はテレビ番組で補完される部分もあるため、大事なのは細かなディテール表現よりも「自分がどれぐらいなりきって遊べるか」。その“子ども視点”を獲得するため、社員の子どもたちに協力を要請し、どう遊んでいるのかを研究したのだそう。
「ヒーローが大好きで入社したわけではないのに、担当すると、キャラクターが持つ力に惹かれてめちゃくちゃ好きになるんです」と語る彼。
このヒーロー系の玩具開発によって、松橋さんは玩具に何を足し、何を引くのかを学んだのでした。
ガンプラの技術は伊達じゃない
松橋さんがガンプラに携わるようになったのは、今から約8年前の異動がきっかけです。
「急転直下の異動が多いんですよね、うちの会社。中国などの海外転勤を含めて」とまるで昨日の出来事を話すかのように、こともなげに話す彼。
「異動してみて、ガンダムというキャラクターの偉大さに初めて気づきました。また多くのファンの方が熱狂し、その方々に支えられているキャラクターを扱えるというのは、非常にすごいことだなと」
ガンプラを製造している国内最大の拠点が、静岡県にあるバンダイホビーセンター(以下BHC)。ここで松橋さんを最も驚かせたのは、ガンプラづくりの思想でした。そう、ガンプラは“仕様(製品が満たすべき形状や構造などを定めたもの)一点張り”で進化してきた、特殊すぎる玩具だったのです。彼はこう解説します。
「通常のおもちゃ開発は仕様だけでなく、コストや品質のバランスを取って世に送り出す…と話しましたよね。それに対して、ガンプラには“いいものをつくることだけを考えている人たち”が、一点モノを生み出すことに特化してきた文化がありました。それは極端にいえば量産性を考えていないし、その金型だと普通は成形できない。でも、ガンプラに携わる人はみんなガンプラが大好きだから、あとの工程でなんとかがんばって製品にする――。ひたすら最高の仕様を追い求めて独自進化してきた歴史が、BHCにはあったんです」
例えば、ガンプラのパーツ同士が「パチッ」とはまる気持ちよさ。これには、職人の強いこだわりがあるのだそうで、松橋さんいわく「ゆるくても固くてもダメ。うん、気持ちよくなきゃいけないんです」。
だから機械だけでは金型を完全に加工できず「職人の方が、わずかに磨く程度のきわめて細かい調整をして、やっと金型を仕上げられる」のだとか。
こうしてできた金型で大量に射出成形するのはかなり難しいそうで、普通の成形メーカーなら壊してしまうレベル。驚異的な技術で成り立つガンプラは、まさに日本のものづくりのシンボルといえるでしょう。
ガンプラを、終わらない明日へ
松橋さんはそのとがった技術とおそろしいほどの情熱に敬意を表しながらも、俯瞰的な改革に着手します。例えば、金型製作一筋で何十年もキャリアを積み重ねてきた人を設計部門へ、企画の人は金型部門に…といった具合に。「人を少しミックスさせて、後工程の仕事について理解してもらう。やはり“知る”ってすごく重要なことなので」と松橋さん。
そんな彼が重視するのは、ガンプラの多様性と持続可能性です。
「例えば、ガンプラの最上級グレードである『パーフェクトグレード(PG)』は好きなだけとがってくれ!と思いますし(笑)、リアルさを追い求める『リアルグレード(RG)』ももちろんとがっていていい。ただ、今は完成品の可動域は広くなっているものの、かなりパーツも細かくなっていて、海外のガンプラ初心者にとってはいいものといえるのか…?と。その意味で、ガンプラ初心者の方も買う『ハイグレード(HG)』の立ち位置も考えなければならない。なんでもかんでも高機能・多機能でやるよりは、ある程度使い分けられるようなオプションを少し持たせたいな、と」
その改革の一環として進められてきたのが「ガンプラリサイクルプロジェクト」と「ガンプラアカデミア」でした。
「キャラクターのビジネスをしている我々としては『ガンダムをキャラクターとしてどう成長させていくのか?』について考える必要がありました。IP(知的財産)からSP(ソーシャルプロパティ)へ――つまり、社会に認知されたアイコンを目指していこう、と。それでアクションの指針を設け、2021年から始めたのがガンプラリサイクルプロジェクトです。その半年後からは、ガンプラアカデミアをスタートさせました」
ガンプラリサイクルプロジェクトでは、ガンプラのパーツを切り取って残った枠の部分「ランナー」を全国から回収し、新たなガンプラ「エコプラ」の材料としたり、電力として活用したりしています。
一方、年間約25万~30万人の小学5年生を中心に展開されているのが、ガンプラアカデミア。こちらは学校の先生がガンプラ体験キットを教材として使い、授業をするもの。子どもたちに「ものづくりに興味を持ってもらい、楽しさを感じ、憧れを抱いてもらう」のがねらいです。
「技術的に困難なことをみんなで乗り越えて、大量生産できていることにスポットライトを当て、みんなの強い思いがあってガンプラは作られているんだというのを、子どもたちに知ってもらいたい。それで、40人のクラスの1人でも2人でも『金型をつくってみたい』『成形機を操ってみたいな』と思ってもらえればいいですね」と笑顔で語る松橋さん。
ものづくりの技術を高め、それを維持するだけでは持続可能にはならない――。彼はそれに気づいていました。
見せてもらおうか、新しい価値が生まれる工場とやらを
松橋さんはガンプラを通して「ものづくりから価値づくりへ」の転換を図ろうと考えています。
「日本はものづくりが非常に上手ですし、“Kaizen”という言葉が英語表記されるぐらい、切磋琢磨することが得意。一方で価値づくりはうまくないと思っています。どれだけいいものでも価値を感じてもらえず『欲しい!』と思ってもらえなければ、あまり意味がないんじゃないかと。偉大な建造物をつくった人は、技術がすごいというより、その建造物がすごいからその人もすごいし、価値があるとされる。技術だけで見れば、きっとその人よりも技術を持った人は、いっぱいいると思うんですよね」
既存技術で構成されたものでも、デザインやストーリーといった“見せ方”が上手な海外ブランドは多くあるのも確か。その意味で、松橋さんは卓越した技術を持つことだけではなく「価値あるものを生み出せる人こそ、素晴らしい存在である」という認識を広げたいと考えているのです。
この価値づくりの思いは、「マイスター制度」にも反映されています。当初は単に高い技術力を持つ職人をマイスターとして評価していました。しかし、時代の変化に伴い「自分の言葉で、多くの人に価値を伝える力」を持つ伝道者(エヴァンジェリスト)の役割を担える存在を、マイスターとして扱うようになっているのだとか。もちろん、高い技術はおざなりにされることなく「特級」という最上級の資格を持つ若い人材が育っているそうです。
BANDAI SPIRITSは“魅せる工場”として、2025年、新たに「BANDAI(バンダイ) HOBBY(ホビー) CENTER(センター) PLAMO(プラモ) DESIGN(デザイン) INDUSTRIAL(インダストリアル) INSTITUTE(インスティチュート)(以下BHCPDII)」を設立しました。ここにも、子どもたちに“ものづくりの価値”を伝えられるようなしかけが、あちこちに盛り込まれているようで…。

「新工場を見学可能にすることは決めていたので、『BHCPDIIで働きたい!』とどうやったら思わせられるかなと考えました。働く人にとって重要な要素である制服は、東京藝術大学さんと成形担当者が一緒につくりました。成形機を扱う際、実際に汚れる箇所や耐熱が必要な箇所などを、デザインに落とし込んでもらっています」

「働くときの“相棒”となる成形機も、働く人が自分の好きな色のパターンをラッピングできるようにしています。また、生産効率に加えて見学者からの“映え”も意識し、部品を自動で搬送する天井搬送台車のレールを空中に設置しました。まるで空中を走っているかのように見えるんですよ」

新しい玩具を自慢する少年のような顔で、嬉々として話す松橋さん。かくいうBHCPDIIには、実はひとつの反省も活かされています。これまでのBHCではアニメの劇中の軍服をイメージした制服を着た社員が働いていますが、ガンプラアカデミアなどで小学生と触れ合ったときに「かっこいい」と言ってくれる子がいる一方で、「ちょっとこわい」と感じる子も出てきたというのです。
まさに、多様性の時代を象徴するかのよう。松橋さんはこの「制服が威圧的に見える」という価値観を真摯に受け止め、カイゼンしたのだとか。
「我々が思う正しさと、次の時代を担う子どもたちが思う正しさは、もう違いますからね。もちろん、これまでの“ザ・工場”といった感じのBHCの雰囲気が好きな子どももいるので、優劣を付けるものではないし、並び立たせています。とにかく、プラモデルをいろいろ想像しながら組むのは楽しいことを伝えたいし、ここで働く人たちもただ機械で作業しているだけではなく、頭をフル回転させながら操っているところを見てほしいんです」
BHCPDIIの見学エリアづくりはちょっとがんばりすぎた、けれど非常にいいコンテンツが用意できたかな。“ものづくり現場の価値をつくる人“はそう言って、にっこりと微笑みました。
挑戦と失敗で未来を切り開け
これからの時代、実際のロボットにも期待を寄せているという松橋さん。
「学校で、プログラミングを学ぶようになりましたよね。みんな、そのままだとゲームづくりのほうに行っちゃうかもしれないけれど、ロボットづくりのほうへも進む道筋がもっとできるとおもしろいよな、と。以前、横浜に実物大の『動くガンダム』がありましたが、やはりリアルのガンダムには夢がある。
以前会ったロボット関係や宇宙開発関係の方には、やはりガンダムの影響を受けていたり『現実ではありえないアニメの世界を追いかけて実現させるのが、ロボティクスなんだ』と言ったりする人もいて。そういう人がもっともっと出てきたら、おもしろいと思いませんか?…だから、ロボット教室と組んで何かできないかな、とかも考えています」
そんな時代を生きていく子どもたちに必要なのは、“独創性“と“一歩踏み込む勇気“だと松橋さん。
「他人と違うことをするのはやりにくい時代ですよね。オリジナルの価値観が自分できちんと考えられて、それを表現していくというのは、ものすごく勇気がいることなんです。外に向けて表現すれば好意的な意見もそうでない意見も必ずあるので、そこで耐え抜くハートや、自分の独創性への強い信頼も求められる」
では、親として子どものためにできることは?と訊いたところ、「何かを好きになることを応援し、挑戦と失敗を繰り返させること」だと、彼は答えます。
「やっぱり自分の子どもだから、かわいくて過保護になるのはしょうがないし、それはそれでいいんじゃないかなとは思いながら…ただ今の世界で役に立つことをやらせようとするのは、あまり効果がないと思っています。なぜなら、子どもたちが大きくなったときの世界は、今の誰もが想像できない状態になっているはずだから。僕らの頃だって、今や当たり前の携帯電話もインターネットもなかったですよね?
うちの会社では『早く失敗しなさい』とよく言われるんですよ。僕は失敗を失敗と感じない派なんですけれど、たぶんいろいろやらかしていると思います(苦笑)。
でも、何かヒットするかわからないこの世界では、そのときに思いついたことを、とにかく早くやる。それで、結果が出たらまた考えて、次につなげればいいんです。失敗しないで何もしない期間が一番よくない。…便宜上、言葉として失敗と言いましたが、別に失敗じゃないんですよ。挑戦して結果を受けて、またつながっていくので」
松橋さんがガンプラを通じて伝えたい、日本のものづくりの価値。どれほどAIやロボットが発展しても、そこに魂(SPIRITS)を込めるのは人間です。そしてその価値を伝え、誰かの心を揺さぶるのも、人間だからできること――。
「機械でただ量産しただけのものと、人の手でつくられた熱量を感じるものでは、やはり圧倒的に人の熱量が込められたもののほうが、人間として価値を感じるんだろうと。“手作り”と言われるだけで、なんだかちょっといいなと感じる人が多いのは、世界共通です。あとはいかにブランディングして、その価値を見せられるか。ガンプラも、きっとこれからそうしていくと思います。
科学をわかりやすく伝えてくれる米村でんじろう先生のように、ロボティクス分野でもロボットをわかりやすく伝えられれば、それに憧れて『じゃあ僕もやってみたい』という子どもがもっと出てくるんじゃないかな、と思っているんですけれど。YouTuberみたいに自分を発信できるようになったから、今はけっこういいところまで来ている感じがします。
そんな社会になっていけば『日本のものづくりって強いね』から『日本は価値のつくり方がうまいよね』になっていく。僕は、そう思っています。」
我が子がレゴでも粘土でも、とにかくものづくりに興味を持ったら、それがチャンスです。ロボット教室でもガンプラづくりでも、何でも新しいことに挑戦させてみましょう。失敗を気に病むことはありません。ただ認めて、次の糧(かて)にすればいいのです。その失敗の積み重ねが、日本の新しいものづくりの“価値”をつくるロボットエンジニアやプラモデザイナーを生み出すかもしれないのですから。
ほら。どんどん失敗したほうがいい…と、松橋さんが言っています。
取材・執筆:スギウラトモキ
