JAXA・村木祐介さんが「コスモさん」として宇宙視点の可能性を伝える理由
2025/05/27
一般的に、宇宙開発といえば思い浮かぶのは、ロケットや月面探査、軌道エレベーターかもしれません。
それは広い宇宙へ出ていこうという外向きな視点にもとづいていますが、一方で、宇宙から地球を見る“内向きな活動”も静かに行われています。
今回登場する村木祐介さんは、宇宙航空研究開発機構(略称:JAXA)で地球を観測する人工衛星を専門とするエンジニアです。
村木さんがおもしろいのは、エンジニアなのにそのキャリアが多彩であり、なおかつ宇宙に関する積極的な発信を担っていること。
端的にいえば、ちょっとJAXAっぽくない…。JAXAでも異端の彼が伝えたいこと、その背景にあるものとは?
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
第一宇宙技術部門 衛星利用運用センター 技術領域主幹
村木祐介(むらき・ゆうすけ)氏
1980年北海道生まれ。2005年に北海道大学大学院工学研究科機械科学専攻修了。同年、JAXAに入構し、国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」の開発運用をはじめ、地球観測衛星の利用推進や将来衛星の検討などに従事してきた。
アジア開発銀行(ADB)や文部科学省のほか、ソニーグループ(株)への出向を経験し、現職へ。著書は『宇宙から見る地球 観測衛星が切りひらく驚きの未来』(扶桑社)。
人工衛星観測データの大きな可能性
「人工衛星のデータを世の中に役立てるために活動しているのが、JAXAの第一宇宙技術部門です。人工衛星は、宇宙から地球を見ることができます。宇宙から地球を見て取ったさまざまなデータは、現代社会の課題を解決するのに貢献します。
例えば、作物の病気で悩んでいる畑を宇宙から見つけたり、獲りたい魚の群れがどこにいるのかを人工衛星のデータで探したり…」と熱っぽく説く村木さん。

「虫の目・魚の目」と並ぶ「鳥の目」という視点は聞いたことがあるでしょう。まさかのそれより上、人工衛星の目――。
この「宇宙視点」が、今、大きな可能性を秘めているというのです。
「これは、コンピューターの進化にも似ています。昔のコンピューターは、とても巨大で何億円もするプロ用のものでした。いまは小型化したパソコンができて、みんなが使っていますよね。人工衛星も巨大な気象衛星のイメージが強いと思うのですが、2010年代からたくさん打ち上げることが可能な小型の衛星も現れて、今では千機以上が軌道周回しています。それらのデータを使ってさまざまな産業の方々とコラボし、新しい仕事が生まれているんです」
人工衛星が天気予報や地図情報など社会の役に立っていることは知っていましたが、そんな大きな可能性があるとは…と驚くと同時に、それをワクワクしながら語る、この村木さんとはそもそも何者なのか?
宇宙ナビゲーターを名乗り、「宇宙はワクワクの源」だと言うのですが…?
宇宙飛行士になるために文系から理系へ
小学生の頃に天体観測に夢中になり、テレビアニメシリーズ『機動戦士ガンダム』で宇宙空間に人が住む世界観に影響を受けた村木少年。
当然、将来は宇宙飛行士を目指していたのだそう。
「中学校の技術科の授業で、キーホルダーを自分の好きなようにデザインして作るという単元があったんですよ。そこで私はというと“NASDA”(National Space Development Agency of Japan、宇宙開発事業団のこと)という文字のキーホルダーを作った(笑)。ええ、JAXAの前身の組織名ですね」

村木さんが子どもの頃から、どれぐらい宇宙というアイドルの熱狂的ファンだったのかがおわかりでしょうか。文理選択の際にも、文系科目のほうが成績は良かったにもかかわらず、宇宙分野に進むために理系の道を選択したというのだから、本気です。
「哲学や歴史が好きで、数学や物理はそれに比べれば成績的に劣っていたんですが、自分は宇宙について勉強できる大学に進みたかったんです。今ではだいぶ変わりましたが、当時は宇宙分野に行くには理系というのが常識だったので」
高校生の段階で、普通なら得意な分野の道へ進みそうだし、言い換えればその時点で“能力”を理由として、宇宙への道をあきらめそうなものなのに…。村木さんの宇宙に対する情熱が垣間見えます。
「大学に進んだあとも大変でしたけれど、やはり好きなことなので、けっこう、頑張りましたよ。やはりJAXAに入って、宇宙飛行士になれたらいいなと。そして、四六時中、宇宙のことを考えて生きていたいと思いました」
そう笑って、苦労を何事もなかったかのように語る村木さん。
しかし、大人ならご存じのとおり、好きだからといって思いどおりに行くわけではありません――。
宇宙×クリエイティブな仕事への道
JAXA入構後、国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」を地上から運用する部門に配属となった村木さん。これまで思い描いていた、プロフェッショナルによる仕事を目の当たりにします。彼はついに、念願だった宇宙分野に携わるようになったのです。
一方で、厳しい現実にも直面しました。
2009年の宇宙飛行士選抜試験に、村木さんはこれまでの人生すべてをぶつけて臨みます。しかし、それが叶うことはありませんでした。
「数百人のすごい方たちが選抜試験を受けていて、僕は選ばれなかった。でも、それが転機になりました。自分の強みはまた別にあるし、それを活かしながら、引き続き、宇宙分野で頑張っていきたいなと」

当時を述懐する村木さん。宇宙飛行士の仕事は、極限状況で決まったミッションを確実にこなすもの。自由な発想をもって、何かを生み出す仕事とは言いがたい面があります。
一方で村木さんは、新しいコミュニティを生み出したり、人にわかりやすく伝えたりする、自分のクリエイティビティに気づいていました。だから、自分が置かれた場所で咲けばいい――。宇宙分野における、彼の新しい人生が幕を開けたのです。
次のステップとして村木さんが選んだのは、アジア開発銀行(ADB)への出向でした。
発展途上国で1日あたり1ドルで生きているような人々の暮らしを、防災や農業などの観点で人工衛星のデータを使って改善のプロジェクトの企画推進の仕事です。その後も文部科学省の宇宙開発利用課へ出向したり、民間企業(ソニーグループ株式会社、以下ソニー)で宇宙感動体験事業「STAR SPHERE」の事業開発に取り組んだり――。彼は、一般の人が想像するJAXA職員のキャリアからはかけ離れた、さまざまな経験を積んでいきます。
その中で誕生したキャラクターが、唯一無二の存在、“コスモさん”でした。
宇宙の魅力を伝えるために“コスモさん”は現れた
ソニーが2023年に打ち上げた人工衛星「EYE」。
この人工衛星は、地球や宇宙を撮影できるカメラを搭載しています。主に子どもたちに向けて宇宙のことをわかりやすく解説するポジションが必要となったとき、さまざまな仕事を経験してソニーに出向していた村木さんに、白羽の矢が立ちました。
「愛称は家族とも話し合って決めました。“宇宙さん”とか“スペースさん”のほか、“コスモ村木”などの案もあったんですけれどね。まあ、コスモさんと初めて名乗ったときは、いい歳して恥ずかしいな、と…(笑)」

とはいえ、そのインパクトは抜群。「2回目に会う人は覚えてくれているし、子どもから『コスモさんへ』とお手紙をもらったりすることもある」とのこと。
子どもに宇宙の楽しみ方などわかりやすく説明するとき、彼はスーツのジャケットを脱ぎ、輝く星が散りばめられた往年のスターのごときジャケットを羽織って“コスモさん“になるのです。
「宇宙開発についてわかりやすく教えられるコミュニケーターみたいな存在は、ちょうどいなかったんですよ。ぽっかりと穴が開いたように」
たしかに、子どもに対して魚や恐竜の魅力を伝える親しみやすい存在はいても、宇宙開発についてフランクに教えてくれる科学者以外のポジションは不在です。村木さんは、そこに着目しました。
JAXAに戻ってからも、一般向けのアウトリーチ活動の際には、愛称の”宇宙ナビゲーター コスモさん“を名乗って親しみやすく活動しています。
「宇宙教育と聞くと、ペットボトルロケットを打ち上げるようなイメージが強いですよね。宇宙=サイエンスと捉えられがちですが、僕の中では、宇宙はサイエンスだけじゃない。子どもたちにとってはワクワクしたり、生きる上での価値観が変わったり、そんな感性的要素もあると思っています。宇宙のそういった面を伝えられるキャラクターがいてもいいんじゃないかなと」
そんな村木さんを突き動かすのは「誰もやったことのないことに挑戦したい」という、エンジニアというよりアーティスト的な創造性です。かく言う彼も、アートを愛好し、日本古来の現代アートである茶道を20年近く学んでいるのだとか。
「宇宙開発というと、一般的には外へ外へと地球から遠くへ出ていくものというイメージがあると思います。
その一方で、地球のほうを振り返ってみるのも大切。『キレイだな』と思った上で、そこから何を感じ取れるか。美術館のガイドのように、この我々のふるさとでどうやって生きていくのか、人類がどうやったらより幸福になれるのかという観点で深掘って見る“宇宙視点教育”もやっていければいいなあと」

そんな夢を語る村木さん、巨大な美術作品「地球」について解説する学芸員のように見えました。
先の見えない時代で強みになる“掛け算思考”
さて、村木さんが今、取り組んでいるのは冒頭で説明したとおり「人工衛星のデータ活用」です。
「宇宙についてたとえ話をするときに、一般の方は、だいたいロケットとか月面着陸とか、宇宙飛行士の話をしますよね。あまり人工衛星とはいわない。ちょっと地味な存在なんです(苦笑)」
その地味な存在のスゴさを伝えるのに、彼は実に適任でした。
オープンイノベーションのような概念が2010年頃から広がるにつれて、自組織だけで完結していた時代から、外部のパートナーとコラボしたり、コミュニケーションをとったりする必要が出てきました。そこに求められるのは、組織の外とつながるスキル。その時代の流れに、村木さんという多様なポジションを経験し、文系のフラットな視点で何でも興味を持ち、コミュ力の高い理系エンジニアはぴたりとハマったのです。
だから、村木さんは推します。そう、未来の宇宙分野を担う子どもたちには、自分の好きなことに取り組みつつ、新しい世界に興味を持ち、それと掛け算してみることを――。
「僕は、キーワードはやはり“感動”だと思っています。『これを学んでおけば役に立つよ』と理屈を教えるのもいいけれど、ロケットの打ち上げを見に行ったり、誰かの講演会に行ったりして『うわあ、すごい!』と感じてほしい。僕もそうでしたが、その感覚は、子どもの時であればあるほど原体験として残りますから。
もし宇宙が好きなら、まずは宇宙のことを学んでみる。それを前提として、何を掛け算するかを考えて、それを磨いてほしい。それが自分のオリジナリティになるし、強みになるから」

彼自身も、人工衛星のデータ活用の可能性や宇宙から見る地球の素晴らしさを、宇宙以外のさまざまなバックグラウンドの人々に知ってもらうため、2025年、『宇宙から見る地球 観測衛星が切りひらく驚きの未来』(扶桑社)という本を出版しました。
衛星データとさまざまな分野が掛け算されて、新しいビジネスや研究などが生まれてくることを目指しての取り組みです。
保護者の方には、子どもが感動する機会を提供してほしい、と願う村木さん。それは子どもが寝ても覚めてもやりたくなるような、“未知のなにかの入口”になる――。彼はそう確信しています。
仕事とはワクワクを見つけにいくもの
そういえば、JAXAにいながらあちこちへと出向して、初めて経験する未知の仕事の連続で、怖かったり、嫌になったりすることはなかったのですか…?そう訊ねたときの村木さんの返しは、実にステキなものでした。
「仕事って、ワクワクできる要素がいろいろとあると思うんです。僕が特徴的なのは、自分の専門分野ではないことを知るのに、ワクワクできる能力があること。自己洗脳的に、どうワクワクしようかと考えている面もありますが(笑)。
例えば、漁業に人工衛星のデータを活用しろと指示されて『私は漁業の専門家ではありません』と断れば、そこで終わりじゃないですか。僕は、魚がどんな仕組みで漁獲されてスーパーで売られているのか興味を持てる。だから、仕事をきっかけとして世の中のさまざまな仕組みが勉強できる感覚で、学びがどんどんおもしろくなるんです」

「宇宙も漁業も知っている人なんて、ほかに誰もいない。その点と点をつなげられるのって、スティーブ・ジョブズが言うところの『Connecting the dots(点と点が線になる)』ですよね。誰も通ったことのない線を自分が歩んでいるのって、すごく強みになる気がしません?」
村木さんが嬉しそうに語るのを見て、謙虚かつポジティブに学ぶことの大切さをあらためて感じずにはいられません。文理の垣根を軽々と越えて学ぶSTEAM人材とは、きっと彼のような人のことを指すのでしょう。
「著書でも対談させてもらいましたが、今度、宇宙飛行士の油井亀美也さんが、また宇宙へ行くんです。人工衛星が地球を観測して出すデータは客観的で無機質なものですが、それに油井さんという人間の感性を掛け算することで、地球の諸問題の捉え方が変わったり、視点が広がったりしていくといいなと思っています」
嬉しそうに語る村木さん、とにかくこれから取り組むことにワクワクが止まらない様子。彼の著書を読んだり講演を聞いたりして、刺激を受けた第二、第三の小さな“コスモさん”はこれから続々と誕生していくはず。
無限に広がっていく宇宙のように、村木さん発信による宇宙視点の広がりにも、どうぞご期待を!

取材・執筆:スギウラトモキ