SIEの「toio」開発者・田中さんが白くて四角いロボットトイに込めた“余白“
2024/10/01
ロボットといえば、人型やペット型のものを思い浮かべる人も多いはず。キャラクター性が豊かなロボットはたしかに親しみが湧きやすいですが、一方でお掃除ロボットのような無機質な形のロボットにも、私たちはいつのまにか愛おしさを感じていることがあります。
お掃除ロボットに名前を付ける人も多いそうで、たとえ無機質な形であっても、私たちは命名や想像力によって、ロボットに命を吹き込んでいるのでしょう。
今回紹介するのは、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(以下、SIE)の「toio™(トイオ)」開発者、田中章愛さんです。田中さんは子どもが楽しむはずのロボットトイ「toio」を、なぜ白く四角いフォルムにしたのでしょうか。
<PROFILE>
■田中 章愛(たなか・あきちか)さん
株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメント
プラットフォームエクスペリエンス
toio開発者/toio事業推進室シニアマネジャー
2006年筑波大学大学院修了。同年、ソニー株式会社(当時)に新卒として入社。 2013~2014年、スタンフォード大学訪問研究員を経て、2014年よりソニーのスタートアップの創出と事業運営を支援するプログラム(SAP、現SSAP)やCreative Loungeの企画運営に携わる。2018年より株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメントに在籍。
ものづくり好きロボコン少年が見た夢
今から25年前、1999年5月。
ソニーは自律型エンタテインメントロボットである「AIBO」(初代)を発表し、ロボティクス分野に参入しました。愛らしい犬型のロボットは世界中の人を魅了し、全世界で15万台を販売。2018年の「aibo」(現行型)にバトンタッチ後も、革新的な“ソニーのロボット”に期待する声は多く存在します。
長年、AIロボティクス開発を行ってきたソニーグループは、2019年3月にまったく新しいロボットトイをSIEから発売。それが今回ご紹介する「toio(トイオ)」です。
「…これがトイロボッ…ト…?」
「生命感」をテーマに未来的なデザインが施された「aibo」のイメージが強い方ほど、白くて四角く、そっけなさすら漂う「toio」の見た目に、そう戸惑うかもしれません。おもちゃでいえばレゴブロック、食べ物で例えるなら豆腐…?
閑話休題。
SIEで「toio」を開発した田中章愛さんに、「toio」誕生のきっかけについて話を聞いてみましょう。
「2012年頃、“放課後活動”と呼ばれていた業務外の時間に、ソニーコンピュータサイエンス研究所のアレクシー・アンドレと出合って交わした雑談がきっかけです。彼はゲームを、私はロボットを研究していて、『それらが融合して、ゲームみたいにおもちゃが動かせたらおもしろいよね!』と。当時は、自分たちがおもしろいと感じたり、自分たちが子どもの頃だったら欲しいなと思ったりするようなものを作ろうと」
田中さんは、小学校2年生の頃からロボットづくりを趣味とする少年でした。アニメに登場するロボットに憧れて…というよりは、自分が作ったものが動くことに喜びを見出すタイプだったそう。
田中さんは、高専(高等専門学校)でNHKロボコンに参加し、大学でもロボット研究に明け暮れます。ロボットの試作・研究を続ける彼の胸中にあったのは「プロのエンジニアになって、ものづくりにもっとちゃんと取り組みたい。いつかはみんなが手に取れる商品を作りたい」という思いでした。
学生時代のある時、田中さんが個人として出場したロボコンにおいて、出場者の社会人と話をする機会がありました。それが、のちに現行の「aibo」の開発に携わった森永英一郎氏を含む、ソニーのエンジニアだったのです。ソニーでは仕事でロボットづくりをしている人もいるという話を聞いて「これほどのロボットを作れる人が働いている会社はすごいな」と憧れを抱いた田中さん。やがて、ソニーへの入社を決めます。
ソニーでもロボットについて研究を進めていく中、前述のように“放課後活動”で頼もしい仲間と新しい着想を得て、粗削りながらも「toio」の試作品を作り上げました。
「試作品をソニーの同僚のお子さんたちに触ってもらう機会があったんです。そうしたらめちゃくちゃ喜んでくれて、2、3時間も没頭していたのに『まだ帰りたくない』とまで言ってくれました。それが原体験ですね」
高い可能性を目の当たりにした田中さんたちは、「toio」の製品化に向けて本格的に動き出します。
その後集まった仲間とともに社内コンテストで優勝し、ソニー社内のスタートアッププロジェクトとして事業化に向けた製品開発を開始。およそ3年後の2019年に、ついに一般発売されることとなったのです。
自分色に染められる“動くブロック“
「toio」とはいったい、どんなロボットなのでしょうか。
田中さんに一言で説明してもらうと「自分でプログラミングしたり、作ったりして遊んで楽しめるロボット」とのこと。
「toio」には四角いロボット「toioキューブ」のほか、ソフトを入れる「コンソール」とコントローラー「toioリング」がセットとして備わっています。まるで家庭用ゲーム機のようだ――そんな感想を抱かれるかもしれません。
はたして、プレイステーションを開発・販売するSIEが手掛けていることを踏まえると、「aibo」よりも家庭用ゲーム機に近い発想から生まれたと考えるのが適当でしょう。
家庭用ゲーム機と異なるのは、白くて四角い「toio」が、実際に目の前で動くこと。
ソフトを入れ替え、プログラミングをすれば、さまざまな動作をさせることができます。プログラムによって魂を込められた「toio」は、下記の動画のとおり、まるで生き物のようにちょこまかと動き出します。
動き出した「toio」は、白くて四角い豆腐のような見た目は変わらないにもかかわらず、まるで表情を浮かべたり、声を発していたりしているかのように見えてくるから不思議。見ていると、とても愛おしくなるのです(撮影していた女性フォトグラファーが何度『カワイイ!』と連呼したことか)。
これほど動く前と後で、印象が変わるロボットはないかもしれません。
サイズ感もまた絶妙です。古来より小さきものを愛でてきた日本人の感性に、「toio」の大きさは刺さるのでしょう。
ちなみに、よりかわいらしく見える丸みを帯びたフォルムにしなかったのは、タイヤを配置する上の機能的な都合や、転倒しにくいのがシンプルな四角形だったからだそうです。
田中さんはその他の理由について、こう補足します。
「自分でプログラムし、自分色に染めることができるロボットなので、いろいろなブロックやキャラクターをくっつけやすいのも四角い理由のひとつです。例えば人型のロボットも過去に趣味で作った経験がありますが、自分としては、一番シンプルでいろいろな遊びができるのは、やはりこの四角い形だなと」
長い研究段階で突き詰めた結果、「toio」はきわめてシンプルな形に行き着いたのでした。そしてこの四角い「toio」にはちょうど4x4サイズのレゴブロックをくっつけることができます。
レゴブロックをくっつけただけで、「toio」にまるで生命が宿ったかのよう。豆腐に青ネギをのせればたちまち彩り豊かな“冷奴”になるように、「toio」も形がシンプルだからこそ、どのようにでもアレンジできます。
レゴブロックに慣れ親しんだ方なら、あの一見無機質なブロックを組み合わせることで、さまざまな作品を生み出せることはご存じでしょう。「ブロックの創作物を思い通りに動かせたなら」という夢は、「toio」との組み合わせで実現するのです。
「『toio』にブロックがくっつくことによって自分が作った作品が動き出すというのは、子どもたちにとって本当に大きなことのように見えます。作ったり動かしたり形を変えたりしながらどんどん工夫して遊び続けてくれますし、周りに建物や街を作ったりと、できる遊びもさらに広がります」
田中さんは満足げな笑みを浮かべながら、こう語ってくれました。
受け継がれるソニーロボットの遺伝子
「toio」は置いておくよりも、やはり、動かせてナンボのロボットです。自分がパソコンやタブレットで作ったプログラムによって、ほんの数分で動かせるのは魅力といえるでしょう。開発段階では意図していなかったものの、発売後、「toio」が教育現場においてプログラミングを学ぶツールとして活用されているのも納得です。
「お子さんはやはり動くものにすごく興味がありますし、『toio』が動き出すとすぐに楽しんでくれる印象がありますね」と田中さんも話します。
「toio」の動きの秘密は、裏側に備わった「絶対位置」を読み取るセンサーにあります。この高精度のセンサーがマット表面に印刷されたパターンを認識し、正確に動くことができるのです。ごく自然な動きのように見えますが、このサイズでこれだけの精度を出せるのは驚異的なことだそう。
さすがの技術力です。
なお、過去に田中さんが在籍した社内の研究所には、エンタテインメントロボットを研究してきた先輩研究者やエンジニアがいました。田中さんはそこで、ロボットというものについて偉大な先達の教えを受けています。
見た目こそ犬型や人型のロボットとは似ても似つかない「toio」ですが、その小さく四角い身体には、ソニーのロボットのDNAが組み込まれているといえるでしょう。
2024年には、「toio」の通り道にカードを置くだけで好きなように動かせる『プレイグラウンド』が発売されました。
これは、カードを使って直感的にプログラミングできるようにしたもので、コントローラーやソフトも必要なく気軽に未就学(3歳以上)のお子さまでも遊べる上に、プログラミングの基礎を学べます。「このカードで、お子さんによっては何十分でも何時間でも遊んでくれています」と田中さんが推す新商品です。
ちなみに昭和生まれの筆者は、プレートをスライドさせてチクタクと鳴りそうな目覚まし時計を走らせる某おもちゃを思い出し、ちょっと懐かしさを覚えました。
実はこの「ハードルの低さ」こそ、田中さんがこだわるポイントでもあります。
「お子さんにとってすごい製品で、すごい製品だから欲しいと思ってもらうのか、あるいは見た目が楽しそうで長く遊べたり、自分のやりたいことができたりする製品がいいのか。私は『toio』を後者として提供したい気持ちが強くあった。『すごいけれど、ちょっと怖い』とか『自分には手を出すのは難しそう』となってしまうのは避けたかったんです」
プログラミングを修行から「あそび」へ
田中さんが「toio」のハードルの低さにこだわる理由は、彼自身の少年時代の体験にあるのかもしれません。
「個人的な意見としてですが、お子さんには早いうちにプログラミングについて体験してもらうことで食わず嫌いにならずに済むだろうと。『怖い』とか『難しい』と判断する前に、『楽しい体験だったな』とか『あれは簡単にできた』という原体験になってくれたら嬉しいなと思っています。
30、40年ほど前――私が子どもの頃は、コンピューターこそあってもインターネットはない時代で、本や雑誌を見ながら、コード(プログラム)を修行のようにひたすら打ち込んでいました。いわゆる『写経』と呼ばれる作業です(笑)。
当時はソフトを手に入れる手段が少なくて値段も高く、子どもの自分にとっては写経しないとゲームもできなかった。でも何文字か打ち間違えて動かず、それを元に戻すにしても、当時はいわゆるコピペも簡単にはできなかった。楽しいところまで到達するのに、すごく時間がかかる時代でしたね」
まるで修行僧のように、せっせとプログラミング写経をしていた少年時代の田中さん。
同じ頃、プログラミングとは別に、ロボットづくりにも取り組んだそうですが、こちらもたいへんな苦労が…。
「当時売っていたプログラミングで動かせるロボットの工作キットはすごく高価でしたし、内容も難しいものでした。一度、お年玉やお小遣いを貯めて買ったことがあるんですが、コンピューターにつなぐための特殊なケーブルや機材を別途買わなくてはいけなくて、代わりに『0』と『1』の信号を直接入力するための専用のキーボードを買えば何とかなる…はずだったのに、それを使ってもロボットは動かず。
1つ間違ったら全部やり直しだったり、どこまで何を入力したのかわからなくなったりして結局挫折し、悔しい思いをした記憶があります。とにかく当時は、歯を食いしばってプログラミングに取り組んでいたイメージです(苦笑)」
田中さんは、結果的には後々ロボコンなどで再びプログラミングやロボット作りの楽しさに目覚め、現在、ロボット開発やそれに伴うプログラミングを仕事としています。
しかし当時、挫折してロボットやプログラミングが嫌いになった子どももいることでしょう。田中さんは現代において、プログラミングを容易に行える“あそび”にしたいと考え、「toio」を生み出したのです。
「自分が子どもだったら欲しいというものを作りたい」と繰り返し口にした田中さん。
それは、苦しい修行に明け暮れて結果的に挫折した過去の自分自身に向けて放たれた、救済のメッセージのように感じられました。
「toio」はTOFU
2020年代のいま、ロボットもプログラミングも、田中さんの少年時代に比べて飛躍的に普及しました。
「学生時代は『ロボットは人の役に立つはずなのに、なぜこんなに街にいないのだろう』と思っていましたが、それがどんどん変わってきて、今や街中でロボットを見かけるのもめずらしくない。
スマホや車にも高度なセンサーやデバイスが搭載され、ロボット的な要素が溶け込んでいますよね。レストランやお店、家にもロボットがいる時代になってきていることもあり、最近のお子さんたちは自分でロボットに触れているので、本当に身近な存在になっているし、何ができるのかも理解している」
「ロボットは人間の仕事を奪うというより、人間が足りないところを助けてくれる存在になってきているので、もっとうまく活用していければいいなと思っています」
そして、“ロボットネイティブ”な子どもたちが育っていくこれからの時代に、田中さんは大いに期待を寄せています。
「今のロボットはどうしても専門家が作って、専門家がある程度のプログラムをして、扱うものだと思うんです。けれど、今のお子さんたちが大人になる頃には、家庭で自分を手伝ってもらうためにロボットのプログラミングをしているかもしれない。そんな時代になったら、もっと多様なロボットがどんどん出てくるんじゃないかな。ロボットが今のパソコンやスマホみたいに、用途に合わせて使いやすいものがいろいろ出て、もっと役に立てるんじゃないかなと。
そんな気持ちもあり、ロボットやプログラミングとの付き合い方や使い方を小さい頃から楽しんで理解できるという意味で、「toio」は役に立つのではないかと思います。
子どもたちには「toio」で、できるだけいい体験をしてほしいですね。今の子どもは勉強の科目も増えて昔より忙しいだろうし、それはそれでとても大切だけれど、『ロボットを作るのは楽しい』ってことは、いつまでも忘れないでもらいたい」
かつてのプログラミングは少年時代の田中さんを苦しめたものであり、その先にあるロボット作りは専門的な知識や経験がないと難しいものでした。それを一気に手軽にした「toio」。その上、「toio」には壮大な“余白”があります。
まるでみそ汁の具にもハンバーグにでもなる豆腐のように、「toio」は自由にアレンジ可能です。
今、豆腐は高タンパクかつ低脂肪な健康食“TOFU”として、市場が急拡大中なのだとか。ヴィーガン人口の増加に伴い、世界各国から熱い視線を集めているそうです。
そんなTOFUに続いて、「toio」で論理的思考と創造性を育んだ日本の子どもたちが世界のロボットシーンを塗り替えていく日は、案外そう遠くないのかもしれません。
取材・執筆:スギウラトモキ