尾形哲也先生が期待する「ロボット製作から世界を広げていく方法」
2024/05/29
早稲田大学理工学術院の尾形哲也先生は、ロボットの「心」を研究しつづけているディープラーニング/AIとロボットの融合分野の第一人者です。尾形先生は、ロボット/AIの研究における若い世代の力に、大いに期待を寄せています。その理由と、ロボット製作で育むことができる子どもの力についてお話を伺いました。
PROFILE
尾形哲也(おがた・てつや)先生
早稲田大学 理工学術院基幹理工学部表現工学科教授/次世代ロボット研究機構AIロボット研究所所長。産業技術総合研究所 人工知能研究センター特定フェロー。
1993年早稲田大学理工学部機械工学科卒業。2001年より同大学ヒューマノイド研究所客員講師・客員准教授に就任。2012年より現職に就く。
日本ロボット学会理事、人工知能学会理事、計測自動制御学会理事等を歴任。現在は科学技術振興機構(JST)ACT-X「AI活用学問革新」領域アドバイザー、(株)エクサウィザーズ技術顧問、(株)アバターイン技術顧問、日本ディープラーニング協会理事等を務める。
前例のないロボット研究をはじめるきっかけ
尾形先生がロボット研究に携わることになったのは、大学生の頃でした。
「早稲田大学は、人型ロボットの研究では世界で一番長い歴史がある大学です。早稲田でWABOT-1というロボットを開発した加藤一郎先生という方の研究室に入りました。3年生のとき、私はニューラルネットワーク――現在はディープラーニング(深層学習)と言われるもの――の本を読んで興味を持ち、加藤先生に『ロボットを学習させて自律的に動かしたい』と相談しました。そこで加藤先生に、人間の心のように感情や意思を持たせる、というテーマをいただきました。とはいえ、30年前にそんなことを言う人は、ほとんど変人扱いでしたが(苦笑)。そこからはずっと、ニューラルネットワークとロボットの融合に関する基礎研究に取り組んでいました」
前例のない研究に着手した若き尾形先生。どうやら、子どもの頃から探究心と独立心が豊かな子どもだったようです。 「今から40年ほど前、中学1年生の頃からコンピュータを触りはじめました。家庭用のパーソナルコンピュータが普及しはじめたタイミングで、貯めていたお年玉を全額はたいて、当時で10万円近くはしたコンピュータを買いました。親に『これは何の役に立つんだ?』と言われて、『これで何でもできるんだ』と答えましたが、実は自分にもよくわかっていませんでした。いろいろなことができて面白いと思ってはいたものの、半分はゲームを作るのが目的でしたから(笑)。夏休みの課題でプログラムを自作して学校に持っていったけれど、理科の先生にもよく理解されていなかったと思います」 用途が理解されず、当然ながら高校受験の役にも立たないコンピュータ。しかし、尾形少年の自作プログラムに興味を持ってくれる大人はいました。 「社会科の先生がとても面白がってくれて、みんなの前でテレビにつないで、プログラムのデモンストレーションをさせてくれたんです。これを面白いと思ってくれる人はやっぱりいるんだな、作ってよかったと思いました」
尾形先生は、自身のことをこう振り返ります。
「親は、自分の子どもがいきなり大枚はたいてよくわからないものを買ったので心配だったから、『何の役に立つの?』と聞いたんだと思うんですが、結局は買わせてくれたんですよね。『止めておいたほうがいいんじゃないか』とは言わなかった。あれは自分にとって、けっこう大きな経験だったと思います。こういった経験が、結果的に自分の今の仕事につながっているわけですからね」
ロボットは「心」を持てる?
自分で考えるロボットを作るため、長年研究に取り組んできた尾形先生。素朴な疑問として、ロボットはアニメに出てくるロボットのように、心を持って自分で行動できるのでしょうか?
「今は『心というものを考える材料が、ようやくできてきた』という段階だと思っています。これまで心理学などでは人間を行動観察し、その行動についてのデータを集めて比較するような研究が多かったのですが、今は数式を使ったモデルを作り、人間の心の動きを計算で予測しようとする計算的論精神医学という研究も進んでいます。これがディープラーニングのおかげでさらに加速しており、ロボットもだいぶ人間に近い振る舞いをするようになってきました」
そもそもディープラーニングとは、人間に教えられたことをもとに、コンピュータが自分のやり方で学んでいく機械学習の一種。近年、ディープラーニングやAI(人工知能)の発達により、ロボット研究も大きく進歩しました。身体を持って学習をするロボットが、その身体の成長とともに「行動」を獲得していく学習プロセスを、人間と比べながら人間の知能発達のメカニズムを理解する「認知発達ロボティクス」という学問領域は、長い歴史を持ち、現在では国際会議が行われるほどの盛り上がりを見せています。
取材でお邪魔した尾形先生の研究室には、一般家庭のキッチンを模した部屋に、何機もの人型ロボットが。「調理やトイレ掃除などの家事を学習させています。スクランブルエッグを作るときは、学生が手取り足取り教えていました」と尾形先生は解説してくれました。
本来、ロボットはプログラムを変えれば多様な作業ができるもの、として開発されましたが、多くの場合は、ロボットごとで単一作業に特化して利用されています。決められた大きさのものを運ぶだけのロボットだったり、組み立てをするロボットだったりといったように。しかし近い将来、「スマートフォンに入っているアプリを変えるように、一台のロボットでも学習させるタスクや手先の部分を変えれば、いろいろなことがある程度はできるようになるだろう」とのことです。
「すでに一部の技術が実用化されたのが、ある企業と研究開発した『粉をはかるロボット』です。私は最初、粉をはかることが何の役に立つのかわからなかったのですが、薬の研究をする際に、非常に貴重な粉を少しずつはかることがあるのだと。それは時には毒性が高く、誤って吸い込むと大変なことになる。ものによっては放射線を放っているものもあります。それを薬剤師さんは、大変な気持ちではかっているそうなのです。ロボットは本来、そのような人間がやりたくない3K(きつい・汚い・危険)な仕事をやってくれるものだと思うので、現場で人間の代わりに働けるロボットを作りたいですね」
さすがはものづくり大国ニッポン…と言いたいところですが、実は日本のAI研究とロボット研究は、一度つまずいています。
日本のロボットのつまずきと若い世代への期待
尾形先生によれば1990年代以降、2010年代にディープラーニングの技術が出るまでAI研究はやや停滞しました。一方で、ホンダの「ASIMO」やソニーの「AIBO」など、これまでにない動きをするロボットが登場したのが2000年代。しかしそのあとが続かず、ASIMOもAIBOも後継機が登場しないまま、その役目を終えてしまいました(AIBOは2018年に『aibo』として再登場)。
これには、いくつかの要因があるでしょう。日本のメーカーが一部の制御技術や機械部分の性能アップにはこだわったものの、ロボットの心(AI)の部分が進歩しなかった――あるいは軽視されていた――のが理由なのかもしれません。「仏つくって魂いれず」状態だったともいえます。
ロボットやAI研究の世界が縦割り的なのも、その一因ではないかと尾形先生は見ています。
「日本で最も大きなロボット系の学会が数千名規模で行われる同日に、まったく別の場所で数千名規模のAIの学会が行われてしまうのが現状です。互いに互いを意識していないからこのようなことが起きるのですが、結果的に日本のトップロボット研究者と日本のトップAI研究者はなかなか交流ができないような構造になっています」
しかし、ロボットの研究・開発とは、機械系だけでなく、AIや画像・音声認識などの多種多様な専門人材を集めるきっかけとしやすいテーマでもあります。だからこそ、尾形先生は若い世代に期待しています。ロボット分野とAI分野の垣根を軽々と超える研究者が現れて、各分野の架け橋になってくれることを…。
「1950年代の先生方はロボットとAIの両方に携わっていましたから、本来は一緒にできるテーマのはず。だんだん分かれてしまったけれど、両分野の連携や協業ができないことはないんです。実際にアメリカでChatGPTを生み出したOpenAIという会社は、実はずっとロボット研究に取り組んでいました。ただ、難しすぎるので2021年ごろに一度諦めた。するとその後、ChatGPTがヒットしたので、再度、ロボットに投資を始めています。ロボットの機械部分を作る会社とコラボして、自分たちのAIを使ってもらっているんです。
日本でも、各分野の若い先生たちは、お互いの分野にすごく興味を持っていて、彼らは互いに一緒に取り組まないといけないことも、よくわかっています。自分の専門性はもちろん大事ですが、柔軟性がいるのかなと思っていて。すぐ隣にあるものは何かを考え、それとつなげる力は、これからすごく求められます」
ディープラーニングが登場して約10年、その後のロボットに対する考え方はずいぶん変わったと尾形先生は言います。今後、AI研究とロボット研究の歩み寄りにより、最高の知性と能力を持ったロボットが生まれていくのかもしれません。そのためには、柔軟な考え方を持つ若い研究者の育成が不可欠といえるでしょう。
大切にしてほしい「小さなアイディア」
近年は、アメリカや中国のロボット研究・開発が先行しています。例えば、ファミレスで見かける配膳ロボットの多くは海外製とのこと。出遅れた日本のロボットに、挽回のチャンスはあるのでしょうか。
「配膳ロボットは技術的に見れば、日本でももちろん大きなシェアを取れたはず。ですが、そういったロボットを新しく展開していくという動機付けが乏しかったのかもしれません。ただ、精密加工系の産業用ロボットの分野では日本は強くて、シェアはいまだにトップです。ユーザーは主に中国ですが、半導体需要の増加などに伴って、産業用ロボットは売れていますからね。ルンバのような大きく成長したサービスロボットの分野に、日本が参入していけるかどうかは、今が重要なタイミングだと思います」
この研究室にあるような「自分で考えるロボット」が、一般家庭にやってくる日はいつ?
「多分、腕を持つロボットが家庭で簡単な作業をするのは、5年~10年ぐらいで到来するイメージと思っています。ただ、それは人間の代わりになるというよりは、一部のお手伝いをするイメージです。さらに10年経てば、本当に人間の代替わりをするようなことも本格的に進んでいくだろうと。とは言っても、自分で欲求を持って自分で判断し、世界に対して能動的に活動して自分の組織を広げていくような意識を持ったロボットが現れるかどうかはわからないし、それが完全に人間を超え、人間の代わりをすることは、想像できないほどの未来でないと起こらないと私は思います」
AIが人間の知性を超えるポイントをシンギュラリティ(技術的特異点)と言います。尾形先生は、それは20年後も起きない――というより、そうするべきではないというスタンスです。人間は人間が自分で決めるということを絶対に手放してはいけない、とディープラーニングとロボット研究の第一人者は強調します。 ところで、「AIによって人間の仕事が奪われる」と言われて久しいですが、ChatGPTのような生成AIの登場で、子どもの将来がいっそう心配になった保護者の方もいることでしょう。しかし、尾形先生いわく「その表現はあまり正しくない」そうです。
「NVIDIA(エヌビディア)のジェンスン・フアンCEOが、いいことを言っていましたよ。『あなたの仕事を奪うのはAIじゃない、AIを使っている人間だ』とね。弁護士のような士業でも仕事を奪われてしまう人がいるとするなら、それはAIをうまく使って効率化している同業の方が獲っていくのだと思います。PCやインターネットが出てきても、手紙が完全になくなったわけではないのと同じです」
AIやロボットは、あくまでツールに過ぎません。結局大事なのは、その新たなツールを使う人間の向き合い方と考え方なのです。尾形先生はこうも言います。「AIやロボットは、新しい仕事を生み出すチャンスになるかもしれない」と…。
「Twitter(現X)創業者のジャック・ドーシーに早稲田へ来てもらって講演してもらったとき、彼は学生に『素朴なアイディアを大事にしなさい』と話していました。大きな発明や大きいアイディアなんていうのは、すぐに出てこないわけで、小さなアイディアを仲間内からでも広げていくことが大事。彼は学生に向けて『自分は新しい技術(インターネット)のすぐ隣にあるもの(Twitter)を生み出した。君たちの場合の新技術はAIだ。AIという新しい技術が当たり前になった時、その隣に何ができるかを考えなさい』と」
ロボットも同様に、小さな工夫やアイディアを大切にして、少しずつ広げていくといい。尾形先生はみずからのロボットも、そのような拡張性を意識して開発しているそうです。
ロボットをきっかけに世界を広げよう
今、ロボット教室に通い、ロボット製作に夢中になっている子どもは多いことでしょう。ただ、保護者の方としては「ロボット製作って、本当に役に立つのかな?」と一抹の不安を感じることもあるかもしれません。ロボット製作より、もっと受験に直接的に役立つことをやらせたほうがいいのかもしれない、と。
尾形先生は、「まあ、受験で点を取ることも大切ですし、損はないと思うんですけれど…」と苦笑しつつ、こう言います。
「本当は受験で学ぶ内容を、試験だけではなく、もっと幅広い視点で捉えてもらいたいと、多くの大学の先生方は思っているはずです。その点、例えば、ロボットは、いろいろなきっかけになる題材です。プログラムに触れるし、機械製作にも取り組めるでしょう。人に対する見せ方を考える材料になるし、もしくはプロジェクトのタスクの評価の仕方を最終的にレポートにまとめるなんてことも当然行う。自律移動型ロボットによる競技会である『ロボカップ』が国内外で相当盛り上がっているので、ロボットを通じて海外ともつながれる。ロボットやAIと倫理の問題も考えなければならないですよね。そういった意味で、ロボットでひと通りのことが学べる」
尾形先生が強調するのは、どんな分野のことも、ロボットに置き換えて、あるいは当てはめて考えられるということ。エネルギーや地球環境、哲学について考えている普通は出会うことはない専門家と「ロボットだと、どうなりますか?」と対話でき、ロボットを通じて世界が広げられるのです。
「コア(核)になる自分の専門性をキープしつつも、それが社会とどうつながっているのか、他の分野とつながっているのかを考えるのも大切なこと」と語る尾形先生の論に倣うと、ロボット教室で子どもたちが学べるのは「探究心」と「拡張力」というべきなのかもしれません。
昨年2023年の4月に「令和5年度科学技術分野の文部科学大臣表彰」を受賞した尾形先生。いうまでもなくこの世界の権威的な存在ですが、このインタビューではとても気さくに応えてくれ、人間らしさあふれる、こんな話もしてくれました。
「実は私はずっと、語学が大嫌いでした。でも、今は国際的な学会の理事になり、夜中までずっと英語を話しています。いまだに嫌いですけれど(笑)、誰とでも話せるし、使ってみるとこんな便利な道具はないと思う。ロボットの研究をしていて結局こうなったんだと考えると、『効率が良くて無難な人生の最短コース』ってないんですよね」
かつて尾形先生は進むべき道が見つけられず、親の意向でとりあえず医学部を目指す予備校に通っていたものの、そこで加藤一郎先生の記事を読み、ロボットに目覚めたといいます。その目覚めには、少年時代のコンピュータいじりが無関係ではなかったのかもしれません。
人間には、コアになるものを見つける力があり、それを軸として、その周辺にあるものにも興味を広げていける力があります。そのような探究心と拡張力を育んでいけば、尾形先生の言う通り、いくらロボットやAIが進化しても、今の子どもたちが仕事を奪われることなどないはずです。
取材・執筆:スギウラトモキ
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